第2話 入学式当日(4月7日金曜日朝)改
「ねえ、携帯繋がらないんだけど」
校長先生の睡眠攻撃を耐えていた僕は、背中から奇襲を受けた。
つんつんと丸めたプリントが僕の背中に押し当てられている。
「寝てないよ」
「いやその顔で言っても」優子さんは口元を指さす。
僕はハッとなって、慌てて上着の袖で口元を拭った。
「昨夜あまり眠れなかったんだよ」
「でしょうね。でももう高校生なんだから、しっかりしてよ」
また怒られてしまった。
「うん、ごめんね」
そんな僕達の様子を周囲の女子がニヤニヤしながら見ている。
くっそーなんで寝不足になったか言ってやりたい。
「君たち静かに」
式の様子を見ていた上級生に怒られた。僕達わ慌てて姿勢を正す。
彼女は前を向きながら小声で「終わったら体育館裏に集合ね」と呟いた。
絶対しばくでしょ。行きたくないんだけど!
*
とぼとぼと集合場所に来たら、既に優子さんが居て。
「あ、ようやく来たわね。何で携帯でないの。どっか体の調子悪いの?さっきも寝てたみたいだし」
このままだど身体悪い説が通りそうなので、正直に話すか。
「壊れた」
「何が?」
「スマホ。落っことしたら壊れたから解約した」
「保険入ってたよね」
「あー忘れてた」
そう話したら呆然とした表情になった。
そんな顔も可愛くて好きだったよ。
「まあいいわ。じゃあ今日は帰りにカラオケね」
「今日は無理」
「なんで?なにか用事があったっけ」
「たまったラノベを消費したい」
「却下」
「下手だからカラオケ苦手なんだよ」
嘘。
本当は彼女と二人っきりになるのが怖かった。
問い詰めて肯定されたらきっと立ち直れなくなる。
優子さんはまだなにか言いたそうだったけど、教室に戻る時間になったのでじゃあ先戻るねと言って別れた。
「歌わないと上手くなんないよ!」
遠くから彼女の声が聞こえたけど僕は返事をしなかった。
会っていると楽しいけど
今は会いたくなかった。
*
クラス分けで僕はA組になった。
彼女はいなかった。
「どうしたの入学式初日から疲れた顔して」
「人生ってさ苦難の連続なんだよ」
話しかけてきたクラスメートに適当に返事をしたら、変な目で見られた。
「まあ、生きていたらいいこともあるわよ。だから死なないでね」
そう言ってぽんぽんて肩を叩かれた。
「ありがとう。すぐ落ち込むけど打たれ強いのだけが僕の取り柄だから」
そうだよ。今回だってきっと乗り越えてみせる。
僕は出来る子なんだ。
*
「出来る子は居眠りなんかしないよー」
隣から声をかけられ目が覚める。
後ろの席なのをいいことに、机に上体を倒していたのを寝ていたと勘違いされたらしい。
いや、ほんとに寝てないからね。
「そう、でも今の時間はちゃんと聞いた方が良いと思うよ」
そう言ってホワイトボードを指さす。
クラス役員や係を決めていたらしい。
「適当に手を挙げたらいいんだよね」
そう言ったら苦笑された。
だから、先生が挙手をとるたび僕は早く終われと願い適当に手を挙げた。
とにかく眠くてしょうがなかった。
美化委員辺りになれればいいや。
寝ぼけ眼でそんなことを考えてた。
*
「では1年A組のクラス委員長は、田中君に決定しました。みんな拍手」
パチパチパチ
僕は教団の前で呆然と突っ立ってた。
ニコニコ顔の担任から肩を叩かれる。
「クラスのために全力で頑張りたいと思います」
僕の言葉にクラスから歓声が上がった。
「田中君一緒に頑張ろうね!」
隣に立つ副委員長が笑顔で話しかけてきた。
どうしてこうなった。
「よろしくお願いします」
適当に挙手をしてたら、いつの間にかクラス委員長になっていた。
クラス委員長なんてただの雑用係。やりたい人なんていない。
だから他薦に切り替えた途端、同じ中学出身の男子が、僕が中学で学級委員長をやっていい事を話すと即信任投票になったらしい。
全く覚えていないんだけど
他に推薦もなく、僕への信任投票であっさり決まった。
うん。全く覚えていない
「そう言っても、田中くんも挙手してたよ」
どうやら自分の信任の時、僕も手を上げたらしい。
本当に覚えていないんだけど!
「全く覚えてませんが、まあ適当に頑張るのでよろしく」
そう言ったらみんなが笑ってくれた。
よし、いい感じだ。
まあ、楽しそうなクラスでよかったよ
昨日から落ち込み気味な気分が、ほんの少しだけ良くなった気もした。
うん、気のせいだね。
*
そうして平穏無事に高校生活の初日が終わる筈だった。
僕が鞄を持って教室を出ようとした時、クラスがざわついた。
「あーやっと終わった!」
優子さんが教室の入口に立っていた。
「ちょっとあの綺麗な子誰?」
そんな声があちこちから聞こえて来た。
うんうんそうだろう
僕の元カノはほんと美人さんだ。
気持ちの中では彼女は元カノ。
「まだ別れてないから今カノか」
でも直ぐに別れを切り出されると思う。
今はその準備期間なんだ。
それとも二股する気なんだろうか
そんな事を考えながら彼女の方へ向かった。
「もう済んだ?」
「うん、今終わったとこ」
クラスの男子はもちろん、女子も彼女に目を奪われた。
「みんな見てるよ」
「そう?別に減るもんじゃないし」
美人は一日にしてならず。
そんな彼女にとって、この視線は当たり前の事で全然気にもなっていないようだった。
「じゃあ行こっか!」
「わかったから引っ張らないで」
引きずられるように僕は教室から出た。
僕は彼女はいつになったら別れを切り出してくれるんだろう。
何も言わない彼女に少し安堵している自分がいた。
何も言わなければこのまま付き合えるかもしれない。
二股だっていいじゃない。
でもそんなのは嫌だ。
全然思考がまとまらない。
「本当に僕はどうしたらいいんだ」
いくら考えても答えは出なかった。
*
結局僕はカラオケに付き合わされた。
「こんなに上手いのになんでカラオケ嫌いかなぁ」
「恥ずかしいの!」
「そっか。じゃあ恥ずかしがり屋さんの代わりにあたしが沢山歌ってあげるか」
その時彼女は本当に楽しそうだった。
僕は昨夜の事を忘れて、ステージで輝く彼女にただ見とれていた。
*
「それじゃまた明日ね!」
「うん、また明日」
夜道を歩いていると、つい考え込む
「彼女に会えれば嬉しい」
「でも彼女が居ない時は、昨日の事を思い出し苦しくなる」
訳が分からない。
昨日から僕の感情が迷子だ。
迷子でも高校生活は楽しく過ごしたい。
「・・・でもクラス委員長はないよなぁ」
それだけが予想外。
まあ、クラスの子も優しそうな人ばかりなので、委員長もやって行けそうだ。
残る問題は彼女との関係だけか。
僕から浮気を追求は・・・無理だ。
そんなの怖すぎる。
「優子さんはバレてないと思っているから、このままの状態が続くんだろう」
彼女が飽きるのが先か。
僕が壊れるのが先か
その夜は布団に入ってもなかなか眠りは訪れなかった。
*
「おはよぉー!あれ?今日も朝から眠そうだね」
「ねむい。一緒に寝よう」
寝ぼけた頭でそう返したら、その子はぱっと向こうを向いてしまう。
心なしか耳を赤くして。
あれ、間違えたか。
まあいいや。
・・・昨日も眠れなかった。
「そんな事。彼女がいるのにそれはダメだよ?」
この子は何を言ってるんだ。
よく分からないけど、また今度でお願いと言ったらうんと返事をされた。
とにかく眠い。彼女の二股を止めさせるにはどうしたらいいか。
そんな僕の隣で、
「彼女がいるのにそんな事考えるなんて。君って案外肉食系男子なんだ」
そんな事をつぶやく声が聞こえた。
「でも二股は良くないよ」
うん、それは同感です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。