第22話
「ここだ」
「ここが……」
店をまじまじと見つめる麗華。
俺ん
「俺もまだ二回しか来たことはないけど……味は保証するよ」
店内に入ると、時間帯が早いせいか結構空いていた。
客は俺たちを除くと四人。
カウンターに一人、テーブル席に三人が一組で座っている。
もっとも彼らはもう食べ終わるところで、俺たちが席に座るとすぐに出て行ったので、店内に客は俺たちだけになってしまった。
「ご注文をどうぞ」
若い女性(店主の娘)が、愛想のない表情と口調でそう言った。
ここは店主とその娘が二人だけでやっている店で、娘だけでなく店主も愛想が悪い。
とはいえ、それ以外に接客に問題があるわけでもないので、たぶんコミュニケーションが苦手なだけなんだろう。
(せっかく味はいいんだから、もうちょっと愛想があればな……)
そんなことを思いながら、俺は注文を告げる。
「ラーメン餃子セットを一つ。ラーメンは大、ごはん大盛でお願いします」
ここはラーメンだけじゃなく、餃子も美味い。しかも無料でごはんも大盛にできるサービスつきだ。
「ボクはチャーシューラーメンを一つ」
店員に視線を向けられた麗華がそう答えた。
店員は珍しい麗華の一人称に少し眉を動かしたが、それ以外の反応は示さず、「少々お待ちください」と平坦な口調で言い去って行った。
だいたい10分ぐらいで、料理が運ばれてくる。
出て来るのがスピードが速いのが、ラーメン屋のいいところだと思う。
「……美味しい」
「それはよかった」
口の肥えた麗華に満足してもらえるか、少し不安だったが、問題なさそうだな。
それにしてもやっぱり美味い。
ラーメンはもちろん最高だが、それだけでは満腹感が足りないのを上手い具合に餃子とライスが補ってくれる。
俺の食べっぷりを見た麗華が餃子とライスを追加で注文したが、それもすぐに平らげてしまった。
「それじゃあ行くか」
食後に長居するような店でもないので、さっさと会計を済ませた(もちろん俺が払った)俺たちは店を出ようとした。
ところが――。
「お? 村上じゃねえか」
予想外の人物と出くわして、俺は足を止めた。
「中道……」
かつて俺を陥れた同級生――
中道が言う。
「随分可愛い子を連れてるな。彼女か?」
「いや」
麗華なら、ここで俺を遮って「彼女です」なんて言いそうなものだが――。
そう思って麗華の方を見てみると、能面のような表情で固まっていた。
これは……気づいているな。目の前の男の正体に。
そして、そのうえで抑えているのだ。怒りのままに暴れ出してしまいそうな自分を。
「口説いてる途中か。なら忠告しておかないとな。そこのお嬢さん」
中道は麗華に声をかける。
「そいつは顔だけはいいが、本質は女を食うことしか考えてねえゲス野郎だ。見た目に騙されてホイホイついていくと、ロクな目に遭わないぜ」
麗華は反応を返さず、黙ったままだ。
ただ歯ぎしりの音が聞こえた。これはいつ爆発するかわからんぞ。
まさかここで暴れるなんてことはないだろうが……一応ガス抜きはしておいた方がよさそうだ。
「お前は救いようのないクズだな。人に濡れ衣を着せ陥れたあげく、さらに嫌がらせを続ける。どうしてそんなことができるのか、俺には理解できない」
今まで俺は、一貫して自分の無実を主張してきた。
だが、ここまで強い言葉でこいつらに反撃したことはなかった。
だから怒るのかと思っていたが、中道は意外にも冷静に反撃してきた。
「その言葉、そっくりそのまま返そう。お前こそ自分の過ちをまったく反省してないみたいだな。俺には理解できないよ。七瀬にあんな酷いことをしておいて」
しかし、よくもまあ平気な顔をしてこんな悪質な嘘をつけるな。
俺にしたことに対して、罪悪感をかけらも感じてないんだろう。あまりにも堂々としたその態度は、事情を知らない人間が見れば騙されてしまいそうなほどだ。
「しかしどうしたんだ? 今日はやけに強気だな。いつもはもっと大人しいのに」
「中道、それを言っちゃかわいそうだろ。女の前だからって、無理してカッコつけてんだからさあ」
取り巻きの一人がそう言うと、他の連中が馬鹿にしたように笑らった。
まあ、否定はしない。
ただ――。
「虎の威を借りる狐よりはマシだと思うがな」
「んだとこらっ!」
「ぶっ殺されてえか!」
俺の言葉に、取り巻き連中がお手本のような反応を見せた。
「よせお前ら。俺に恥をかかせる気か?」
「わ、悪い……」
だが中道の人睨みで、すぐ静かになる。
こいつはわりと自分の体面を気にする奴だからな。性格はどうしようもないクソ野郎だが、あからさまな暴力を振るったりはしない。まあその分陰湿だけど。
中道は急に気味の悪い笑顔を浮かべて言う。
「怖い思いをさせて悪かったな。まあお前の言い方も悪かったが、暴力はよくないと俺は思ってる。だから仲直りの握手をしねえか。それでお互い、水に流そう」
そう言って、中道は右手を差し出してきた。
……なるほど。こいつの魂胆はわかった。その上で今回はあえて、それに乗ってやるとしよう。
俺が握手をしようと、一歩踏み出したときだった。
背後で麗華が動く気配がした。
「よせ、麗華」
麗華の動きが止まる。
「でも……」
「俺は大丈夫だ」
そう言うと、不安そうな表情を浮かべながらも麗華は引き下がった。
「随分好かれてるみてえだな。さすがに手慣れてやがる。相変わらず女を誑し込むのが上手い奴だ」
口では仲直りしようと言いながらも、俺への口撃はやめる気がないらしい。
だが残念だったな。
どんなに頑張ったところで、麗華がお前の言葉を信じることはない。
なにせ長い付き合いだからな。仮にこいつの言うことが真実だったとしても、麗華は俺の方を信じるだろう。
まあ、真実は俺が無実でこいつらが悪なわけだが。
いちいち付き合うのも面倒だったので、中道の口撃に俺は何も言わず、黙って奴の手を握った。
しかし仕方ないこととはいえ、こんな奴の手を握るなんてな。
あとで念入りに手を洗わないといけなくなった。
「これで仲直りだな」
「ああ」
そして俺は手を離そうとしたが、中道はそれを許してはくれなかった。
奴は笑っていた。
やはりか……。
中道は俺の手を握る力を徐々に強くしていく。
ジョブに目覚める前の俺なら、悲鳴を上げていたかもしれない。
だが今の俺からすれば、この程度まったく問題にすらならなかった。
俺の表情がまるで変わらないことに対して、中道は訝しがっているようだった。
だが、ここで止める気はないようだ。奴はどんどん力を強くしていく。
もう常人なら骨が折れているだろう。それでも奴は止まらない。俺が音を上げるまで続けるつもりのようだ。
(そろそろいいだろう……)
ここからは反撃の時間だ。
俺の方からも力を入れる。中道の表情が変わった。
奴も対抗するように急激に力を強くするが、俺はそのさらに上をいった。
なにせステータスが違うからな。
――――――――――――――――――――――――――――――――
中道享佑 レベル:101
魔力 236/236
筋力 276
防御力 213
魔法攻撃 103
魔法防御 180
敏捷 233
武器攻撃力
防具防御力
防具魔法防御
ジョブ:剣聖
スキル
身体強化Ⅰ 身体強化Ⅱα
刀剣強化Ⅱ
防具強化Ⅰ
蹴空
――――――――――――――――――――――――――――――――
俺の筋力は366で、中道は276。
ここまで明らかな差がある以上、中道が俺に勝てる道理はなかった。
「いっ!」
意地なのか、「痛い」とは言わず、中道は自らの手を引っ込めた。
「どうしたんだ? 気分でも悪いのか?」
険しい顔をしていた中道にそう尋ねると、奴は瞬時に表情を取り繕ってみせた。
「いや。大丈夫だ」
奴は何事もなかったかのように席に座ると、店員を呼んで注文をし始めた。
俺に恥をかかされて暴れるかもと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。
「そうか。じゃあ俺は帰るわ。いくぞ麗華」
俺がそう言って左手(中道を触っていない方の手)を麗華に差し出すと、彼女は嬉しそうにその手を取った。
俺たちが歩き出すと、呆気にとられていた中道の取り巻きたちが弾かれたように道を開ける。
そして、俺たちは店から出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます