第8話

 こいつ、そこまでして俺に会いたかったのか。


「…………」


 なんというか、不思議な感じだった。


 朝山と別れて以降、他人から好意的な感情を向けられることなんてなかったからな。


「それでね、祐希くん……聞きたいことがあるんだけど……」


「なんだ?」


「祐希くんって今、彼女いる?」


「……いないぞ」


「……よかった」


 あからさまに、ほっとした表情を見せる麗華。


「じゃあ、前はいたことあるの?」


「ある」


「え? 何人!?」


「一人だけだ」


「……どこまでいったの?」


「なんでそんなこと言わなくちゃいけないんだよ」


「いいから教えて!」


 あまり人に言いたくないことなんだけどな。


 まあ、俺を馬鹿にしてやろうとかそういう意図があるわけじゃないのはわかってるし……。


 俺は麗華の迫力に押され、渋々口を開く。


「手を繋いだことはある。でも、それ以上のことは何も……」


 俺がそう言うと、麗華は大きく息を吐いた。


「よかった……祐希くんの初めてが、もう全部奪われちゃったんじゃないかって心配してたんだ」


 麗華が距離を詰めて来る。


「ねえ祐希くん。前にボクが告白したときのこと、覚えてる? あのとき君は言ったよね。今は誰かと付き合うとか考えられないって」


「さすがに小学四年生で付き合うのは早すぎるだろ。まだ10歳だぞ?」


「ボクは愛さえあれば関係ないと思うけど……まあ今それはいいや。中学生になって彼女ができたってことは、もう昔とは違うってことだよね?」


 やっぱりこれはあれか、そういう流れか……。


「ボクは昔からずっと君が好きだった。今もそれは変わらない。だから……ボクを君の彼女にしてくれないかな?」


「……お前の気持ちは嬉しい」


「じゃあ――」


「でも、今は誰とも付き合うつもりはない」


「……そう、なんだ」


 そう言って、下を向く麗華。


 しばらく沈黙したのち、彼女は口を開いた。


「理由を聞いてもいいかな。もしかしてボクのことは、女としては見られない?」


 俯きながら、震える声で麗華はそう言った。


「違うよ。この際だからはっきり言うけど、昔からお前のことは可愛いと思ってた。今日だって久しぶりに会ってびっくりしたよ。しばらく見ないうちに、すげえ綺麗になってさ」


 正直麗華こいつの見た目だけならどストライクだ。


 朝山よりも遥かに美人だと思う。


「だったら――」


「でも、ダメなんだ。今は誰とも付き合う気にはなれないんだよ」


 見た目だけで女と付き合って、俺は痛い目を見た。


 もちろん、すべての女があんなクズじゃないことはわかってる。ああいうのはごく一部で、俺は貧乏くじを引いただけなんだろう。


 だけど、それでもまだ俺は新しく恋人を作る気にはなれなかった。


 別に一生誰とも付き合う気がないとか、そこまで言うつもりはない。


 でもあと一歩踏み出すには、もう少し時間が必要なんだと思う。


「……何があったの?」


「聞いてて不快になる話かもしれないけど、それでもいいか?」


「うん。聞かせて」


 俺は麗華に、中学に上がってから自分の身に起こった出来事について説明した。


「許せない!」


 立ち上がって拳を握り、憤る麗華。


 先ほどまでの落ち込んだ様子はどこへやら。俺の話を聞いた麗華は、怒りに燃えていた。


「その朝山っていうゴキブリ女と、中道っていうウジ虫男。二匹とも死ねばいいのに。いや、ウジ虫の方ならいっそのことボクがダンジョンで――」


 無表情でブツブツと呟く麗華。なんか滅茶苦茶怖いんですけど。


「ちょ、もち――落ち着けって」


「あ、ごめん」


「お前が俺のために怒ってくれるのは嬉しいよ。でも、少し暴走しすぎだ」


 あの二人のことは、はっきり言って俺も憎い。


 死ねばいいと思ってるし、もし瀕死の奴らが助けを求めてきても俺は無視するだろう(今後そんな状況が訪れる可能性は低いだろうが)。


 だが、それでも具体的に何か仕返しをしようとまでは思わなかった。


 そんなことをすれば、俺の評判が下がる可能性があるからな。

 

 朝山との一件は、実際はどうであれ、俺が悪いことになっている。そんな状況であいつらに何かすれば、どうなるか。


 逆恨みで嫌がらせをした。そんなふうに思われかねない。


 だから凄いハンターになって、あいつらを見返す。


 それがあのクズどもに対する最高の復讐になるだろう。


 既に勝ちが決まったと思っているところから逆転されるのが、一番きついからな。


「まあとにかく、今はあいつらには何もするな。何かすれば、損をするのはこっちだからな」


「祐希くんがそう言うなら……でも酷いね。そんなことされたら、女の子を信じられなくなるのも仕方ないよ」


「別にお前を疑ってるわけじゃないぞ。ただ、もう少し待ってくれないか。なんだかんだいって、俺たち三年も離れてたわけだしさ。いろいろ変わってるとこもあるだろうし、まずはお互いを知ることから始めるってことで……どうだ?」


「わかった。じゃあ、友だちとして傍にいるのはいいんだよね?」


「ああ」


「また……これからよろしくね?」


 こうして、俺たちは友人として再び関係をスタートさせることになった。


 だが、俺は麗華を甘く見ていた。


 翌朝。


 年頃の男女が同じ屋根の下で過ごすというのは、いささか問題があるのかもしれない。


 だが、あんな時間から麗華を放り出すわけにもいかない。そんなわけで、俺は麗華を家に泊めることにした。


 俺は自分のベッドで、麗華は両親の寝室にあるベッド(捨てるのも勿体ないので今も定期的に使っていて綺麗)で寝たのだが――。


「っ!? なんでお前がここに!?」


 朝起きて視界に飛び込んできた光景に、俺は声を上げずにはいられなかった。


 下着姿の麗華が、横にいた。


 デカい。物凄くデカい。


 こいつ、本当に俺と同じ中学生か? たった三年ちょっと離れてた間に、育ち過ぎだろ。


 グラドルでもこのレベルはなかなかいないぞ。しかも余計な肉が一切ついてないのが凄すぎる。


「おはよう、祐希くん」


「いや、おはようじゃねえよ。お前、自分が何してるかわかってんのか?」


「昨日はちょっと眠れなかったから。君のぬくもりを感じたら眠れるかなって思ったんだけど、予想通りだったよ」


「いや……そうだとしてもさ、なんでちゃんと服を着ないんだ」


「これはお礼だよ。泊めてもらったお礼。昨日あんな時間に来て、迷惑かけちゃったし」


「いや、こっちの方が遥かに迷惑なんだが」


「え、もしかして祐希くんって……貧乳好き?」


「違うよ! バリバリの巨乳好きだ!」


「よかった……もし貧乳好きだったらどうしようかと、ずっと悩んでたんだ」


「そんなくだらないことで悩むなよ……」


「くだらなくなんかないよ。物凄く切実な問題なんだから」


「まあとにかく、今後はこういったことはしないでくれ。俺だって男だ。万が一がある」


「別にボクは構わないけど?」


「いや、俺が困るんだよ」


 いくら相手がいいって言ってても、付き合ってもいない女の子に手を出すのはさすがにマズい。


「別にそこまで気にしなくてもいいと思うけどなあ。知ってる? 世の中にはセッ〇スフレンドっていうものがあるんだよ。意味はセ〇クスする友だちのこと。要するに、体だけの関係だね」


「知識としては知ってたけど、そういうのって実在してたのか」


「もちろんだよ。向こうには普通にいたし」


「信じられねえ。俺には理解できない世界だ」


「まあ、世の中にはいろんな価値観があるってことだよ」


「お前……変わったな。もっとピュアな恋愛に憧れてるタイプだと思ってた」


「もうそんなおこちゃまじゃないよ」


「そうか……外国に行ってる間に、いろいろあったんだな……」


 なんというか、女の子の成長は早いな。自分が凄くおこちゃまに思えてくる。


「ねえ、なんか勘違いしてない?」


「何が?」


「ボクはまだ処女だよ? ボクの****は祐希くん専用だし、君以外の男とそんなことするなんてありえないから。知ってるでしょ? ボクの手を握ったことがある男の子は、お父さん以外では祐希くんだけなんだから。ボクの体も心も全部祐希くんのもの。だからいつでも好きにしていいんだよ?」


 なんか変なスイッチが入っちゃったみたいだ。


「ま、まあとにかく、俺はこれから学校なんだ。すぐに出なきゃいけないから、先にメシ食わせてもらうぞ」


「あ、じゃあボクも一緒に食べる」


 ――えへへ、なんか新婚さんみたいだね。


 そんなことを言ってくる麗華。


 こいつ、友だちとして傍にいるつもりなんて微塵もないだろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る