第7話



 見覚えのある人物だった。


 もう二度と会えないだろう。そう、思っていたのに――。


 俺は慌てて玄関のドアを開ける。


「……久しぶり。こんな遅い時間にごめんね。ボクのこと、覚えてる?」


麗華れいかか?」


「……うん」


 彼女の瞳から、涙が零れ落ちる。


「――っ」


 麗華が抱き着いてきた。


「会いたかった……! 会いたかったよぉ……!」


「こんな時間だし、とりあえず中に入れよ」


 御山麗華みやまれいか。彼女とは幼稚園の頃からの付き合いだ。


 家が近所だったし、同級生だったので、仲良くなるのは必然だった。


 麗華といえば、俺が初めて告白された相手でもある。小学校四年の頃だったから、さすがに断ったけどな。


 小学生で彼氏彼女とか早すぎる。当時はそう思ってたし。


 告白を断っても、俺たちの関係は少しもギクシャクすることはなかった。


 登下校は一緒だったし、放課後や土日にはよく遊んでた。俺の両親が亡くなったあとは、1ヶ月ぐらい麗華の家で生活していた時期もあったっけ。


 そんな俺たちに唐突に別れが訪れたのは、六年生の十月だった。


 麗華の父親が事故で亡くなった。


 あの日のことは、今でも覚えてる。


 授業中にいきなり、学校の職員が麗華を呼びにきた。その職員の尋常ではない様子を見て、ただごとではないとすぐに悟った。


 翌日、麗華の父親が亡くなったことを俺は知った。その日麗華は学校に来なかった。


 それからすぐ、麗華から転校することになったと伝えられた。


 レスミド連邦にある、母親の実家に行くという。


 クラスでお別れの会をした。俺だけは、空港まで彼女を見送りに行った。


 別れ際、俺は泣いてしまった。これには自分でも驚いた。


 麗華は泣かなかった。彼女は最後まで笑顔だった。


 昔は泣き虫だったのに、いつの間にこんなに強くなったんだ。


 いや、実際は俺ほど彼女は別れを惜しんではいないのかもしれない。


 そんなことを思った。


 そのときの予感は的中した。


 麗華が転校してから今日この日まで、一度も連絡が来ることはなかったからだ。


 結局、その程度のものだったのだ。俺たちの繋がりは。


 まあ別におかしな話ではない。


 小学校の頃に仲の良かった友達と、中学に上がって疎遠になる。もっと言うと、学生時代に仲の良かった友達と、大人になって疎遠になる。


 そういった話は、世の中にありふれてるらしいからな。


 ネットで知った彼女の近況も、それを裏付けていた。


 麗華はハンターになっていた。


 それも彼女は”剣聖”という希少なジョブに目覚めていた。


 ”剣聖” ”魔聖ませい” ”大神官” ”守護者”。


 最強と呼ばれている四つのジョブだ。世の中にいるS級ハンターは、基本的にこの中のうちのどれかを所持している。


 つまり麗華は、ハンターとして将来を約束された存在なのだった。


 おまけに彼女の母親の実家アッカーソン家は、大国レスミドでも有数の資産を持つ名家なのだという。


 あまりにも住む世界が違いすぎる。


 彼女と過ごした時間は、本当は夢だったのではないか?


 そう思えるほどに隔絶した差だった。


 そんな彼女が、どうして今頃になって――。


「もう遅いから、水で我慢してくれ」


 俺は麗華にコップに入った水を出した。


「ありがとう」


「で、どうしたんだ? いきなり」


 もう本当は寝なければならない時間帯だ。


 だが話を聞かなければ、俺は気になって眠れないだろう。


「ボク、日ノ本に帰ることにしたんだ」


「帰ることにしたってことは、一時的に帰国したってわけじゃなくて、この国に戻って生活するってことか?」


 麗華は頷く。


「でもなんでだ? お前は有名ギルドに入ってたし、おばさんの実家だって物凄い金持ちで――」


「そんなのどうだっていいよ。ボクは祐希くんがいないと生きていけない……」


 どういうことだ?


 これじゃあまるで、まだ麗華が俺のことを好きみたいじゃないか。


「でもお前、今まで連絡して来なかっただろ。向こうに着いたら連絡するって言ってたのに」


 この国で使っていたスマホなんかは、向こうではそのまま使えない。


 だから電話番号も変わるし、俺から麗華に連絡することはできなかった。


 俺が彼女と連絡をとるには、向こうから来るのを待つしかなかったのだ。


「それは……ごめん。でも仕方なかったんだ。声を聞いたら、会いたくなっちゃうから。でも会えないから、死にたくなる」


 死にたくなる?


 聞き間違いだろうか。


「でもこれからは大丈夫だから。また毎日一緒にいられるよ」


 そう言って、笑顔を向けてくる麗華。


「あのさ……話が全然見えないんだけど。レスミドに行ってから何があったのか、最初から説明してくれないか?」


「……うん。そうだね」


 そうして麗華は話し始めた。


 レスミドに行ってからの彼女の生活は、あまり良いものではなかったという。


 金銭的にはとても恵まれていたが、居心地が悪かったそうだ。


 というのも、麗華の母親はアッカーソン家の現当主の娘。


 だが母親は当主の決めた婚約を拒否して麗華の父親と駆け落ちした。そのため家の看板に泥を塗った娘として、母親は疎まれていたのだ。そしてその娘の麗華の扱いも言わずもがな。


 麗華とその母親は、アッカーソン家で肩身の狭い生活を余儀なくされていた。


 そんな中、13歳の誕生日に麗華に”剣聖”のジョブがあることがわかった。


「チャンスだと思ったんだ。ハンターとして名を上げれば、お母さんの名誉だって回復するかもしれない。だからボクはギルドに入った」


 母親の立場を少しでもよくしようと、麗華は頑張った。


 元々の才能もあったのだろうが、彼女の努力は身を結び、ギルド内でもどんどん頭角を現していった。


 その頃から、アッカーソン家での麗華や母親に対する扱いも変わり始めたという。


 急な手のひら返しに内心思うところもあったが、母親に対する扱いがよくなったことは、麗華にとって何よりも嬉しいことだった。


「本当はね、そのときはもう日ノ本には帰らないつもりだったの」


 その理由として、ギルドを抜けるという行為が簡単なものではないということ。


 そりゃあそうだ。


 まずギルドが優秀な人材を手放したくないというのもあるが、そもそもギルドはその優秀な人材を育てるため高いコストを払っている。


 苦労して育てたとろで「はいさようなら」なんてされたら、たまったものじゃない。


「それに、このまま日ノ本に帰ったら、せっかくよくなったお母さんの扱いがまた悪くなっちゃう……」


 そう思うと、帰りたくても帰れなかった。


「でもお母さんには全部見抜かれてたの。本当は祐希くんと一緒にいたいんだろうって。帰りたくてしょっちゅう泣いてるのも知ってるって」


 ――自分の心に正直になりなさい。あなたが幸せになることが、私にとって一番の幸せなの。ここでの扱いが悪くなることより、あなたが苦しんでいることの方が私にとってはよっぽど辛いのよ。


 母親にそう言われて、麗華は帰国を決意したという。


 だが当然、すぐに帰れるわけではなかった。


 まずはギルドと交渉して、脱退を認めてもらった。


 ただしその条件として、今まで麗華を育成するのにかかった費用と違約金を支払うことが課された。


「そしてそれをようやく払い終わったのが、一昨日のこと。それからすぐに準備をして、昨日の夜に飛行機に乗った」


「じゃあここには、空港から直接来たのか?」


「うん。本当は家だけ見て今日は帰るつもりだったんだけど、明かりがついてたから我慢できなくて……」

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