第7話 衝動
アデラは、アンに連れられて部屋を出た。
食事の席が用意されているという。
(どうしよう。こんなお屋敷で食事を出されても、緊張して喉を通りそうにないよ)
アデラはそんな心配をしながら、アンの後を歩く。
お腹はすいている。そういえばジャガイモはちゃんと届けられただろうか。孤児院の子供たちの顔が浮かんだ。
階段を降りると、ホールの長椅子に、誰かが座っている。
ラウルだ。
獣人の姿に戻っている。ゆったりとした前開きの着物のような室内着を着ていた。
「アデラさまをお連れしました」
アンはそこで役目を終えて引き下がった。
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アデラはラウルをじっと見つめる。
いまのラウルの姿は、大人で、魔物だ。
銀色の髪、褐色の肌、薄青色の瞳。そして獣の耳——。昨日までの見慣れた少年の姿とは大きく異なるが、顔つきには少年の面影がある。
(こんな美しい生き物、見たことがない)
アデラはラウルから目が離せない。
ラウルも放心したようにアデラを見つめていたが、やがて口を開いた。
「アデラ、見違えた。すごく、きれいだ」
「これ、すごくきれいなレースのドレスだよね」
「あぁ、うん。ドレスというか、きれいなのはアデラだ」
「そ、そうかな。ありがとう、ございます」
「アデラじゃないみたいだ。あ、いつもの小汚い格好が悪いってわけじゃないけど。いや、小汚いは言い過ぎだな」
「ふふ。わたしもそう思う。小汚い格好の方が落ち着くから。いまのドレスは、なんかちょっと変な感じ」
ラウルが長椅子に座るよう勧める。
アデラはラウルと横並びに腰かけた。
「アデラ、吸血鬼は
「え、どうかな。わたしは使ったことがない。ダンピールが魅了を使えるのかどうかも知らない」
「アデラには、魅了をかけられている気がする。最初に会ったときから、そう思っていた。おれの心が操られているみたいだ」
「ふうん。変なの」
アデラは赤くなって横を向く。
ラウルもその後に続く言葉を忘れたように、押し黙ってしまった。
ふいにアデラが言う。
「ラウル、耳」
「耳?」
「不思議だよね。顔は人間なのに。その耳だけ狼みたい」
「おれたち人狼は、広大な
アデラは思いつきを口にした。
「触ってみたい」
「え?」
「あ、急に変なこと言って、ごめん。ラウルの耳に、触ってみたい」
「それは嫌だ」
「ええ、どうして?」
「さっきも言っただろ。耳は人狼にとって大切なんだ。他人に触らせたりはしない。おれたちは犬や猫とは違う」
「ちょっとだけ。いいでしょ」
「うーん」
「ね、お願い」
「う。……アデラはやっぱり、魅了が使えるんじゃないか」
「どうして?」
「いや何でもない。じゃあ、ちょっとだけ。ほら」
ラウルが顔を横に向けて、目をとじた。
触っていいということらしい。
アデラはおそるおそる手を伸ばすと、ラウルの耳にそっと触る。
(ビロードみたいに滑らかな毛。手触りが気持ちいい。それに温かい)
「アデラ、もういいだろ」
「待って、もう少し」
アデラに、いたずら心が持ち上がる。
指をラウルの耳の横にすべらすと、銀色の髪をなでた。髪の毛は指通りがよく、サラサラとしている。
ラウルがびくりと震え、目を閉じたまま困ったような表情をした。アデラはいい気になってラウルの髪をなでる。
ふと、アデラはラウルのあごの下に視線を落とす。
ラウルの着物は襟ぐりが大きく開いていて、首筋から鎖骨のあたりまでがあらわになっていた。
そのとき——。
ラウルの首筋を見た瞬間。
アデラは、ぞくりとした。
アデラの胸の奥に、ある衝動がわいた。アデラはラウルをなでていた指を引っ込め、両手で自分の顔をおおう。
ラウルがアデラの異変に気付く。
「アデラ、どうかしたのか?」
アデラは顔をおさえたまま、うつむく。
「な、なんでもない。急に恥ずかしくなっただけ」
「そうか。まぁ、おれも恥ずかしかった」
アデラはうつむいたまま、動かない。
(いまの自分の顔を、ラウルに見られたくない)
アデラは大きく深呼吸して、気持ちを鎮めようとした。
「アデラ、気分が悪そうだな。大丈夫か?」
「ご、ごめんね。少し休んだら楽になると思う。ひとりに、させてもらえるかな」
「わかった。調子がよくなったら、
ラウルは立ち上がり、アデラを長椅子に残したまま、その場を離れた。
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アデラはひとりになった後も、胸の奥にうずく思いを持て余していた。
(わたし、どうしちゃったんだろう)
アデラはラウルの髪をなでながら、ラウルへの特別な感情を意識した。ラウルのことをいとおしく思った。
そのとき、衝動がわきあがったのだ。
ラウルの血を吸いたい——と。
それは、アデラにとって、これまで感じたことがない、初めての衝動だった。
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