第3話 子供じゃない
ラウルは日を追うごとに元気になった。数日前まで瀕死の状態だったのが、起きて歩けるようになった。
魔物の自己治癒力は素晴らしい。とりわけ人狼は体力にたけた種族なので、回復も早いのだろう。
うれしくなったアデラは、母親の遺品の布地を売って金をつくり、滋養がありそうな食材の調達に出かけた。
人口は五百万人超。蒸気機関車が発着し、あらゆる物品が集まる。金があれば何でもできるが、金がなければ何もできない。
アデラはブラック・プティングを肉屋で買った。豚の血と香辛料を固めたソーセージで、アデラも好物だ。卵も手に入れたので、焼いたソーセージに目玉焼きを添えてラウルに出した。
それらはもちろん孤児院の食卓にものぼった。最近は泥水のような薄いグリュエルばかりだったので、子供たちは歓声をあげて、またたくまにたいらげた。
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ラウルは皿を手に背筋を伸ばす。
「アデラ、ありがとう。いろいろ負担させてしまったな」
アデラはにっこり微笑む。
「大丈夫だよ、ラウル。子供は遠慮しないで。いっぱい食べてね」
ラウルはきょとんとして首をかしげていたが、しばらくして「そうか」と納得した。
「アデラ、なんだか誤解しているようだが。おれは子供じゃないぞ」
「でも、子供にしか見えないんだけど」
「これでも二十歳だ」
「え!」
アデラはラウルを改めて眺める。
栗色の巻毛の下のあどけない顔も、小柄な体躯も、どう見ても十歳くらいだ。
人狼は、狼にも人間にも自由に姿を変えられる。ラウルの場合、人間の姿のときは「大人になれないことはないが、魔力や体力が落ちると、少年になってしまう」のだという。
アデラは少しふくれると、言った。
「それって、ずるい」
「何がずるいんだ?」
「だって、こんなに可愛らしい姿だったら、つい優しくしてしまうもの」
アデラはそう言いながら、何気なくラウルの髪をなでる。ラウルはその手を払いのけると顔を赤くして言った。
「可愛いとか言うな」
「ふふふ。——ああっ、いけない!」
突然あたふたするアデラを見て、ラウルがいぶかしむ。
「どうした?」
「ラウルが子供だと思っていたから。わたし、あの、その、うっかり」
「何か問題があるのか」
「ラウルの服を脱がせちゃった」
ラウルがゴホゴホとむせた。
「アデラ、別に構わないから。手当をしてくれたおかげで、助かったんだ」
「でも、上から下まで全部脱がせて、隅々まで身体を拭いてしまって——」
「それはもういいから! 説明しなくていい。忘れてくれ!」
アデラとラウルは気まずい雰囲気で向き合う。アデラは窓の外に目をやり、ラウルは咳払いした。
アデラはラウルの言葉遣いや所作が大人びていることに、今更ながら気づく。孤児院には五歳から十歳までの子供がいるが、確かに、ラウルは同年代とは思えない。
「おれのことよりも、おまえの素性が気になる」
ふと、ラウルが言った。
「えっ、わたし? わたしは、ただのダンピールだよ」
「ただのダンピールなんて、そんなやつはいない」
「そ、そう?」
元気になったラウルは舌鋒が鋭い。
アデラは首をすくめた。
ラウルはなおもたずねる。
「何か事情があるとは思っていたけど。おまえ、もしかして未登録なのか?」
「うん。登録していない」
アデラは薄笑いを浮かべ、ラウルは呆れたように嘆息をもらした。
「アデラ。吸血鬼は全員、ヴィクトリア女王から爵位を与えられた。れっきとした連合王国貴族だ。中には、何百年も前から人間のふりをしていた、古い家柄の貴族もいるようだが」
「うん、そうらしいね」
「といっても、女王は、吸血鬼を貴族だともてはやしたいわけじゃない。首輪をつけておきたいだけさ」
「そうなのかな」
ラウルは語気を強める。
「いいか。ダンピールだって、吸血鬼の血筋には違いない。こんな場末でうろついていたら、それだけで大問題だ」
「うぅ。わたしもわかっているよ。お願いだから、そんな怖い顔しないで」
アデラは首をすくめた。
「すまない、アデラ。助けてもらった恩人を、責めたり詮索したりするつもりはない。でも、いまの情勢は危険だぞ」
「危険って、何が?」
「人間と吸血鬼の休戦協定が破棄されたからだ」
「あぁ」
アデラもその噂は把握していた。
「管理局は魔物への締め付けを厳しくしている。未登録のダンピールなんて、見つかったらタダではすまない」
「いままで、ずっと平気だったよ」
「それはたまたま運が良かっただけだ」
アデラは言い返そうとしたが、ラウルの表情が真剣だったので、やめた。代わりに素直な感想を口にする。
「どうして破棄なんかするんだろう。争うより平和の方が良いに決まっているのに」
「そうだな。おれもそう思う。でも、吸血鬼の考えることは、おれにはわからない」
「わたしにも、わからないよ」
「とにかく、これは吸血鬼だけの問題じゃない。人間と吸血鬼の関係が変わったら、あらゆる魔物に影響が出るぞ」
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