第2話 傷ついた少年
アデラのいる孤児院に、傷ついた少年が転がり込んできたのは、二週間前のことだ。
孤児院はイーストエンドの教会の敷地内にある。貴族が慈善事業で運営している小さな施設だ。アデラは孤児院に雇われ、住み込みで二十人位の子供の世話をしていた。
少年は深夜に瀕死の状態で玄関にたどり着き、そこで意識を失ったらしい。
朝もやのなか、孤児院の子供たちが騒ぐ声で事態に気づいたアデラは、慌てて自分の部屋に少年を運び入れた。
「間違いない。この子、魔物だ」
アデラは一目で少年が魔物だと見抜いた。人間には見抜けないだろうが、魔物同士ならお互いの正体が分かるのだ。
孤児院の子供たちが興奮した様子でアデラの部屋に押しかけてくる。
「アデラお姉ちゃん、こいつケガしてるの?」
「そ、そうだね。あのさ、みんなは部屋の外に出てくれるかな。お姉ちゃんはこの子の手当てをするから」
「えー。アデラお姉ちゃんだけ、独り占めして、ずるい」
「独り占めじゃないから。ちょ、ちょっと押さないで。痛い痛いっ」
アデラは子供たちを苦労して部屋から追い出すと、一息ついた。
アデラがダンピールであることを子供たちは知らない。少年が魔物であることも隠した方がいいとアデラは直観で感じた。どう見ても訳ありのようだし、子供たちを近づけない方が良いだろう。
窓を開け放つ。
初夏の朝陽が目にまぶしい。
アデラは太陽の下でも普通に生活できるが、朝陽を浴びると時おり目がくらみそうになる。閉め切った暗い部屋の方が正直落ち着く。でも、いまは少年のために、部屋に光と新鮮な空気を取り込んだ。
少年は血と泥にまみれ、全身に大小無数の傷がついている。誰かに襲われたのだろうか。よほどのことがあったに違いない。
アデラは湯を沸かして桶に入れ、清潔な布を浸す。少年の服を脱がすと、肌にこびりついた血と汚れを拭き取った。
孤児院には金がないから薬がないし、医者も呼べない。でも街で売っている薬は高価な割にあまり薬効がないことを、アデラは経験で知っている。
(とにかく傷口をきれいにしよう。その後は、魔物の力で何とかなるはず)
魔物は自己治癒力が高い。
極端な例が吸血鬼だ。
吸血鬼はどんな深手を負っても一瞬で治る。手足が千切れても、首だけになっても元の姿に戻れる。吸血鬼が能力を発揮できる夜ならば。
ダンピールのアデラも、吸血鬼ほどではないが自己治癒力が高い。切り傷や火傷はすぐに治るし、風邪やコレラも無縁だ。
(傷口が痛々しい。お湯で拭いたら、しみるかな)
アデラは心配したが、少年はまったく目を覚まさない。呼吸は安定しているので、生命に別状はなさそうだ。
少年の肌は汚れを拭き取ると、ビアマグに注いだエールビールのような小麦色をしていた。アデラはその美しく滑らかな肌に見入った後で、急に恥ずかしくなる。思わず周囲を眺めて、部屋に自分しかいないことを確かめた。
アデラはその夜、ベッドで横たわる少年のそばで、自分は椅子の上でひざを抱えて寝た。
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三日目の朝、少年がようやく目を覚ました。キョトンとした顔であたりを見まわし、鼻をスンスンと鳴らす。その仕草が小動物めいていて、何だか微笑ましい。
アデラはホッとした。
「よかった。目が覚めたんだ」
アデラが水を入れたカップを差し出すと、少年は喉を鳴らして飲みほす。
「ここは、どこだ?」
「安心して。孤児院だよ」
そのとき、アデラを見た少年が驚いてビクリと身体を震わせた。
「うわっ」
「えっ、どうしたの?」
「おまえは、まさか吸血鬼なのか? なんでこんな所にいるんだ」
「やっぱり、分かっちゃうよね。わたしは吸血鬼じゃなくて、ダンピールだけどね」
少年が目を丸くして、アデラを見つめ、それから窓の外に目をやる。
「ダンピール……。言われてみれば、もう朝陽が昇っている。吸血鬼なら寝ている時刻だな」
「えへへ。わたしはアデラ・アーデリアン。この孤児院で働いているの。そういうきみも魔物だよね」
「あぁ。おれはラウル・リー。
「人狼なの! 初めて会った」
「おれもダンピールに会ったのは初めてだよ」
ラウルは手当てが施された自分の身体を注意深く確認した。ラウルが着ていた服は汚れていたので、脱がせてアデラのシャツを着せている。
「ケガをして
「うん」
アデラは微笑む。それから「ちょっと待ってて」と言って、炊事場に食事をとりに行く。
グリュエルと呼ばれる麦のお
人狼が普段何を食べているのか知らないが、人間と同じものが食べられなくはないだろう。アデラだって人間と同じものを食べている。
アデラは少し考えて、取っておきのベーコンの脂身をひとかけ、グリュエルにのせた。
部屋に戻り、器とスプーンを差し出す。ラウルは素直に受け取ってガツガツと食べた。
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