第5話

 爽快だと思っていた毎日は、今ではただ窮屈なだけになってしまった。

 「…行かなきゃ。」

 生活に追われている。いや、追われているというセリフを口走るのは間違っているのかもしれない。

 確かに、追われている。

 けれど、

 「はあ…。」

 急いで身支度をして、近所で見つけた事務の仕事をしに行く。パートタイムで時短勤務で、とにかくあまり苦しくなくて、でもそれが緩くて嫌だった。

 自分がすごくわがままなのだという事実に気付いてしまった。

 

 「お疲れ様です。」

 皆、それぞれの家庭を守るのに必死で、他人のことなどどうでもよさそうだった。

 だから、さらっと終わってしまう一日が単調で、物足りなかった。

 あれから、ゆかりちゃんとは会っていない。

 よく考えれば、私に親切にしてくれた理由は何だったのだろうか。それなら、結婚する前に教えてくれればいいのに。

 でも、知らなかったんだよな。でも知っても、結婚してから言ったって遅くない?それに、そういう事は私じゃなくて、陽介に言えばいいじゃん、と思っている。

 だって、あいつとは話せる関係で一応はいるらしい、会う機会も作れるんだったら、私がいないところで片を付けて欲しかった。

 私は、自分の強欲さに辟易としていた。

 他人の親切さとか、そういうものが煩わしいと思っているのに、こうやって完全に一人になると自分を追い詰めて、贅沢すら許せなくて、困窮していく。

 お金を稼ぐ術は身につけていた。

 だから最低限は困らないはずなのに、私は。

 

 「おい。」

 「おいって何?」

 「ごめん。」

 「ごめんって、分かってるけど。」

 「うん、分かってるだろうから、言ったんだ。」

 「じゃあ、何で?」

 「結婚しようぜ。今度はさ、きちんとするから。」

 「はあ…もう。」

 俺は、別に孝子のことは好きではない。でも、関心が向かってしまうのは彼女だけだった。というか、俺は誰かを好きになるという感情がよく分からない。ドラマとか、そういうので聞く感情とはやっぱり、どこか違っているように感じる。

 「まあ、うん。」

 「そうか。」

 こういう返事になることは、しかし分かっていた。

 何か、俺も孝子も、必要なのだと思う。

 どこか、何かが違うという違和感を抱きながらも、やっぱり、必要なんだってこと。

 でも、好きって、そういう恋愛感情って何なんだろうか。

 やっぱり俺には分からない。

 結構しっかり考えているのに、分からない。

 しかし、

 ただ、抱きしめてみた。

 それだけで、どこか幸せになれていて、もうそれでいいのかと、冷静に思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

@rabbit090

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る