第4話

 あいつ、マジふざけてる。

 何だよ、俺は別に、お前に対して悪いことなんてしてないだろ?

 「陽介、来いよ。お前待ってんだよ、急げって。」

 上司は、かなりきつい男だった。

 毎日が、結構しんどくてたまらなかった。

 「分かりましたすみません、今行きます。」

 はあ、もう、どうしろってんだよ。

 俺はお前が家にいたいって感じだったから、そうしてやったのに。みんな勝手すぎんだろ。

 婚姻関係だなんて、そんなの知るかよ。

 縛られるのなんて、お互い不幸でしかないと思ってるし、特に罪悪感も抱かなかったんだ。

 でも、他の奴らにそれ話してるって時点で、自分の中だけでとどめておける問題ではなかったのだと気付いている。

 俺は、一貫性のないよく分からない人間で、だから毎日叱られまくって、委縮しているのだと思う。

 

 「………。」

 帰ったって、もうあいつはいない。

 そもそも、ゆかりって誰だよ?良くない予感がしたんだ、あいつって、俺は覚えてたけど。変な奴だなっていう認識しかなかった。言わなくていいことを口走ったり、何か、浮いてた。

 でも、顔が可愛いからモテていたのも事実だ。けど、俺は関わりたくなかった。そういう人間とは関わりを持ちたくなかった。

 怖かった。

 身に降りかかることもすべて、恐ろしかった。

 「なんも無い。」

 スマホを見ても孝子からの連絡はこない。

 その内、この生活を続けていくうちに、きっと子供もできると思ってたから、その時に事情を話して、結婚したいと思っていた。

 つまり、俺が見ている物は、いつもまやかしでしかないのだと気付く。

 ああ、本当が欲しい。

 なんか、そう簡単に、いや、死ぬまでなんだかんだ言って続くもの、そういうものがあれば、きっと大丈夫になるはずなのに。

 

 「おいっ!!宍戸ししど。」

 「はい。」

 「お前、何してんだよ。またかよ?書類、この前頼んだよな。早くしろよ。」

 「すみません、急ぎます。」

 「ったく。」

 でかいため息をついて、上司はその場を離れた。

 一つため息をつくことすら許されない緊張の中で、作業に取り組む。

 周りは、俺が怒られていても関心を示さない、いや、無関心という関心を装っているのかもしれない。

 ともかく、俺がやるはずじゃない仕事とか、急に言われても対応できなものとか、他に優先事項がある時とか、何か、つまり理不尽なことばかり、すげぇきつい口調でなじりながら、いや、それをするための口実として俺にぶつけてくる。

 そういう時、とても不思議に思う。

 なぜ人って、理不尽って分かっているのにこんなことするんだろうかって。

 しかも、一見正当性があるように装うから、悪質だった。

 俺は絶対に、子供を叱ったり、何か、叱って興奮するっていうか、とにかく自分のために他人を傷つけるようなことはしたくなくて、でも。

 でも俺は、いつもその逆を歩いている気がする。

 孝子のことも、俺は、きっと常識の範疇から外れている。

 ああ、なんか、もうどうでもいいや。

 欲しかったものが何か、よく分からない。

 けれどこれからもきっと分からないような気がしている。

 

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