第3話
こんな話、聞くんじゃなかった。
ただ好奇心のままに行動したことをこれほど後悔したことは、最近あまりなかったように思う。
「ただいま。ゆかりさんと会ったんだろう?どうだった?」
夫は何食わぬ顔でそう言った。
その言葉一つ一つが私にイラつきを与えた。
お前、何も分かってねえよ。
ぶん殴りたい衝動を抑えきれずに、その後、着替え、食事、風呂、とだらだらと動いている夫を静観しながら、ついに頬にビンタをかましてしまった。
ヤベぇ、やらかした。
けど遅かった。夫はそのすぐ後に私のことを殴っていた。
真顔だった、とても冷静に、一つ、拳をぶつけていた。
はあ、でも、仕方ないじゃん。
「…ていうか、あなたさあ。」
「何だよ。」
何の不満があるんだって顔で、私を見下ろしている。馬鹿らしくて、笑ってしまった。
「何で笑ってんだよ。」
「あんたさ、婚姻届け出してないんでしょ?」
「…は?」
「私達結婚してないって、ゆかりちゃんから聞いたの。」
「………は?」
人って怒りを感じた時にはあ?と口に出すのが通常なのかもしれない。しかし、夫ははあ?以外の言葉が浮かばないらしい。
でも、それはそうだ。
私達のことは大学時代の友人の間では有名だったらしい。
陽介は、プレイボーイだった。
つまり、女の子が大好きだった。だから、いろいろな女に手を出して、嘘ばかりを並べているらしい。
だから、結婚などは誰ともしていなくて、大学時代の男友達の間では、それをネタに盛り上がっていたりもするらしい。
そして、ゆかりちゃんは大学を中退したけど、可愛くてモテていたから、子どもが大きくなった頃を見計らって昔の友人との飲み会にも顔を出すようになっていたらしい。
そして、そこで聞いたという。
陽介が、私をだましているという事実を、いたたまれなかった、と言っていた。
私も、なんと返答していいのか分からなかった。
子供を、飛羽君を連れてきたのは、やっぱりまだ小さくて、預ける人がいないから、だとも言っていた。
しかしその忙しい時間を割いて、私に事実を伝えに来てくれた。
相変わらず彼女は、立派で芯の通っている人間だった。
「だってさ、そういうことだから、私出ていくね。」
「ちょ、お前。」
しかし、返事は聞かなかった。
もう荷造りは済ませてある。
自分が誰とも婚姻関係にないということも確認してある。
もう、私は自由なのだと気付いた。
なんか、夫婦生活って、頭の芯がいつもぼやけているような、妙に甘ったるい毎日の連続で、そうだ、これは実家に住んでいる時と似ているのだ。
私は、あの甘ったるくて、ずっとぼんやりとした毎日を過ごすのが嫌で、勉強して大学に入ったのだった。
じゃあ、こんなことを続けることに意味は無い。
そう思って、私にまやかしの安寧をくれていたそのドアを、閉じた。
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