異端.2


【※《稜威祇いつぎ》=〝人間に協力的な闇人および、その類型の(この土地での)呼称〟になります。この物語における造語・かばん語です。――協力関係になくても、害のないものはこれに含みます】


 本文中(異端の3にかけて)順々に解説をいれてまいりますが、するっと自然な感じに進めたくて……出した造語をしばらく放置してしまったので、この冒頭で注釈する行為にいたりました。

 つたなくて申し訳ありません。


 《御稜威みいつ稜威りょうい/いつと《土地神地祇》の混成語/造語です(尊重する意味で頭に〝御〟を呼び戻して、《御稜威祇みいつぎ》呼びする者たちもあります)。


 御稜威みいつ稜威りょうい/いつには、きよめられているもの(つつしきよめられている意/ケガレの回避)、神聖さ、勢いの激しいもの、やんごとなき方面の御威光などの意味があるそうです。


 当初は違う呼称にしておりました。

 ともあれ、覗いていただいて、ありがとうございます。


 ▽▽ 以下、本文に入ります ▽▽




「…――おっかない闇人やみひと……魔神まじんには、《法印使ほういんつかい》を邪魔に思って消そうとする者があった。

 だけど、こっちは、いつも《稜威祇いつぎ(※ 冒頭で釈明)》といっしょにいるわけではなかったし、誰が誰を助けて守るって、決めているわけでもなかった。

 仲間の《稜威祇いつぎ》は、誰かが襲われていても《きずな》がないと気づけなかったりする。だから、お友達の《稜威祇いつぎ》がいても、契約けいやくして生まれる《きずな》……、その技がなかったころは、たくさんの《しず》が倒されたり、つかまって、ひどいめにあったり、傷つけられたりしたんだ…――」


 そこは、をえがく帯状おびじょうのテーブルが七つのれつをなす学習室。


 教壇きょうだんに立って教えを説いているのは、どう見ても二十歳はたち前の若造。


 腰のあたりまでおよぶ軟らかそうな白髪をそのままにおろした小柄な男性教師だ。


 いまその講義を受けているのは一〇歳にもならない幼子がほとんどだったが、その中にひとり、十二、三歳の少年がまざりこんでいる。


 最後列のはしで退屈そうにしているその子は、他の生徒の倍近く頭身が飛び出しているうえ、ぱっと見にも珍しい緑色帯びた青白い髪を持っていたので、やたら目立っていた。


 四日前、《法の家》に迷いこんだセレグレーシュという名の少年である。


 新しい服を手にいれ髪も切り整えて、浮浪児ふろうじのようだった身なりを一新いっしんした彼だが、人間ヒトとして異質なその配色を誤魔化そうとまではしなかった。


 話題にされやすいの身体特徴は、捜している友人に自分の居場所を知らしめるよい情報となる。


 そう思えば、どう言われようとかまわなかったし、いまの彼は、生まれ持った配色を以前ほどうれいてもいなかった。


 ただ、

 ここに捜している少年がいるなら、そろそろ接触してきてもおかしくない頃合いなのに、それはなく……。


 セレグレーシュは、もどかしさと苛立ちを隠しきれずに、むっつりした顔をして、まわりの人間が話しかけることをためらうような空気を背負っているのだった。


 こんなところでのんびりと時間を消費しょうひ(浪費)していられる心境ではないのに、講義に出なければ追い出されるというので、渋々、席についている。


 そんな彼の背後……。こそこそと忍びよった幼子が、金属の棒を両手でささえ、かかげていた。


 意識をより内にむけ、考え事をしがちだったセレグレーシュは、落ち着かなげに身じろぎすることもあったが、まだ気づいていない。


「それで《絆》という一部感覚の共有……契約けいやくを結ぶようになった。だけど《稜威祇いつぎ》は、意地の悪い子やなまけ者が嫌いだからな。いまからちゃんとしてないと、契約けいやくしてくれないんだ。

 がんばって、自分のことも他人のことも考えられる、バランスのいい大人にならなきゃぁな――。

 さて、ここからが本番だ。

 君たちがこれを身につけられるのか、成長し、使いこなせるのかは、まだ、わからない。

 先の話だから、これもさらっといこうか…――」


(……子供のしつけだな…)


 セレグレーシュが思った直後、青磁色のその頭の後部に、ばふっ、べし、ずうぃいぃっと。


 さながら目の細かい網を頭にかぶせされたような一撃をくわえながら、背中をずり落ちていった弾力のある硬い物体の感触があって。

 油断していたことを自覚した少年――セレグレーシュは、ぱっと反射的に腰を浮かした。


「《法印士ほういんし》や《神鎮かみしずめ》を目指すになりたい人……。これに関わる者が、この家で学び修めること。ここで勉強することは、大きく分けて三つ。

 《知識》《技能》……それにいろんな問題・事件をいい感じにまとめおさめる《思考力》……考える力。なにをどうするのが適切ないいのかを判断し考えて、それをどう現実かたちにするか――物事を解決する能力ちからだ。

 どれも、ここでちゃんと学び、まわりを見て暮らしていれば、そこそこ身につくものだが……」


 教壇きょうだんで授業を進めていた師範しはんの視線が、いきなり起立した生徒に向けられる。


 その彼、セレグレーシュがいるテーブルは最後列なので、後ろに席はない。


 立ちあがった彼、セレグレーシュがふり向いたところには、六、七歳の小さな女の子が立ちつくしていた。


 胡桃くるみ色の髪と瞳。

 ぱっちりした目がかわいらしい色白な少女だ。


 彼女が両手でつかみ持っているのは、キャラメル色のつやをはなつ金属製の棒。


 あみなどついていなくても、いま、いっぽうの先端せんたんが床におりているそれで、背中を小突かれたらしいことは容易に想像できたので、セレグレーシュは、なんのつもりだと、ばかり、むっと少女を見すえた。


 視線が出あうこと、五秒ほどの沈黙……。


 見ただけでにらんだつもりなどなかったのに、そこにいた少女の瞳が、うるうるっとうるみだした。


 高い視点から見おろされると、ふつうにしていても、けっこう威圧感があるものだが…――これという目的を持って行動していたその小さな少女の場合は、それが理由ではない。


 ともあれ。


 セレグレーシュが、まずいと思うともなく、その子は、幼い顔をゆがめ、ひっくひく……ぐし…と、しゃくりあげた。


 対処を迷ったセレグレーシュが、周囲に視点を散らす。


 不穏ふおん擬音ぎおんを耳にした生徒たちの目が、ふたりのもとに集まりはじめていた。


「ユネちゃん、どうしたの?」


 声をあげ、前方の席を後に、すたすたとけてくる者もある。


 そんななか、さまよったセレグレーシュの双眸は、教習室後方の出入口付近におよいだところで、しばし、とどまった。


 自分と同いおないどしくらいの少年が、扉横とびらよこ壁際かべぎわに立っている。


 いつからいたのか……。


 街ひとつをまるごと庭園や山里に仕立て上げたようなこの家の敷地を歩いていると、ちょくちょく見かける顔。


 双子。あるいは、兄弟がたくさんいる可能性も考えたが、日によって身なりが統一されていたし、複数でいる場面を見かけたこともない。


 琥珀やあめ色、紫など。たまに瞳の虹彩の色が違うこともあったが、そのありよう、雰囲気はいっしょなので、同一人物の可能性が高い。


 自然に見えても、天然の巻き毛とはおもむきが微妙に異なる、意図的にセットされたような癖毛くせげ


 部分部分の表層の毛先のみ数センチが、頭部の輪郭にそいながら、ゆるやかな弧を描いて流れる金茶の髪は、さして長すぎることなく、野卑やひに見えない範囲のまとまりをみせている。


 色の白い、すらりとした少年だ。


「そこ…。なんの騒ぎだ」


 師範しはんが教壇をおりてきたので、セレグレーシュの注意が、その方へれた。


 近づいてきた師範の赤色せきしょくの双眸が、彼が対峙している少女を映し、いでその子が持っている棒におりる。


「……。どうしてここにいるのかな…。これは君には必要のない講義だろう。まぁ、それはいいとしても。

 法具ほうぐをおもちゃにしちゃダメって、いつも言われてるだろう。おまえ——なにかされたのか?」


 矛先ほこさきがこっちに移行したので、セレグレーシュは、「う〜ん…」とうめいて、事態をうやむやにした。


 背中をたどられた時の感覚が微妙に残っていておかしな感じでもあったが、これと主張するほどの被害があったわけでもない。


法具ほうぐは使い方を間違えると怖いんだ。そのお兄さんは、きっと、おおらかで、やさしーから、そんな事で怒らないだろうけどさ。

 そうだな?」


 肯定こうていしろとは言わないだけだった。


 瞳の中心――瞳孔どうこうをした赤色せきしょくのまなざしで威嚇いかくされたセレグレーシュは、うんうんと大げさにうなずきながら少女に背をむけ、席に座りなおした。


「ユネ。授業を見学したいなら、いてもいいが、おとなしくしているんだぞ。――ところで……。

 なくなったものはないか?」


「え? …――別に」


 不意に問われたセレグレーシュが、自分の身の回りに目をくばりながら、とまどいのもとに答える。


「うん、ならいい」


 師範の赤色の視線が彼から離れ、いまも少女の手の中にある細身の棒におりた。

 なにやら、伏せめがちに納得したようなしぐさを見せると、現場を後にする。


亜人あじんには、変わった色をしているものがよくある。

 ときには、羽根が生えたり、毛深かったり、つかみたくなるようなふさふさのしっぽがあったりな。みんなも知ってるだろう? だけど、だからって、つついたり、ひっぱったり、としちゃあ駄目だろう?」


(…ん? つかまえる?)


 わずかばかり。論じ手の発言に気になる部分があったが、セレグレーシュは後にひくほどには意識しなかった。


「ちょっと目についたからって、いつまでもそんなことする子は《神鎮かみしずめ》にはなれないんだ。

 《しずめ》は、ほうの……平和の守護者。調停者ちょうていしゃ。管理人だ。いつだって公平な目で物事を見ることができなくちゃならない――」


 ひとりに対する注意が、全体への説法せっぽうに変わってゆく。


 少し距離があるが、例の少女は友人らしい子といっしょに、いていた右手前の席におちついた――後ろの二、三列は、人気がなくて、いているのだ。


 不平そうに顔をゆがめながら、じっと、未練がましい視線を彼、セレグレーシュの方にそそいでいる。


(……。オレ、なんでこんなことしてるんだろう?)


 セレグレーシュの口から憂鬱ゆううつなため息がこぼれた。


 少女の方は、もう視界に入れないようにして――右後方。

 出入り口付近に立っている少年をちらと意識して見たが、すぐにらした視線を手元にもどす。


 セレグレーシュの予想では、その少年は《闇人》だ。


 この土地では《稜威祇いつぎ》とも呼ばれるもの。


 彼には、その種類・係累けいるいにかかわると、ろくなことがないという認識があった。


 他にはあまり見かけないのに、何度もおなじ個体に遭遇そうぐうしている現実が、ひっかからないこともなかったが……。単純たんに、ここに住みついているその者の行動圏に入りこんでしまっただけのようでもある。


 過去や未来がどうであれ、現在いまは、その種族と馴れ合うつもりなどないセレグレーシュは、その少年を見かけても気にしないようにしようと意識した。


「さてと…。どこまでいってたかな……」


 師範が教壇にもどってゆく。

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