法の家.3


法具ほうぐを見たことは?」


 家の代表だという男の手の内で、うすっぺらな円盤状の物体がひらめきをはなっている。


 同心円が五つ、はば違いに描写びょうしゃされた合金製の板で、装飾的な紋様もんようが見えていた。


 円と不可解な文字の羅列られつが、つややかな表層にきざまれているようにも浮いているようにも感じられるものだ。


 セレグレーシュは、それを知っているとも知らないとも言わなかった。


 ただ首を左右に振ることで興味がないことを示し、案内された室内に視線をもどす。


 そこでは、彼の半分ほどの年代の子からおなじ年頃の子まで。


 三〇人ほどが、湾曲わんきょくした帯状おびじょうの机について、それぞれにくばられている大小、立体を観察したり、ボードの上にはさみ重ねた紙面に文字を書きこんだりしていた。


「我々が多用するのは、これら――《天藍てんらん》……かつては《存在素材ことわりにふれる者》とも呼ばれた系統の亜人あじんにのみ生成せいせい可能な《しずめ》の道具だ。

 特質をめこむ時は、《法印使ほういんつかい》も制作に協力するが、それとして活用できるだけの活性力をえつけるには、《天藍てんらん理族りぞく》※(この項目の末尾に解説あり)の能力、特質しには成立しない」


 語られているあいだも、ゆらり、ひらりと。

 先刻しめされた真鍮しんちゅう黄銅おうどう)とも赤銅しゃくどうともつかない円盤が、男の手のひらの上で、まったりと回転しながられ動いている。


「《法具ほうぐ》には、それぞれ性質があり……用途も異なる。

 いうなればこれは、無垢むく……純粋にして、濃厚なる素材の究極きわ、結晶だ。

 物体としてある限られた形状けいじょう内部に、通常であればありえない、それをうわまわる空間と特質を宿やどし……」


「ここにはいない」


「そうか。では、次へ行こう」


 にぶいというよりは、意図いとしてのことだろう。


 セレグレーシュに耳をかたむける気がないことが明らかだろうと、その男は気づいてないような顔をして話を切りあげ、次の行動に移った。


 続いて案内された円形の講堂では、十五人ほどの子供が思い思いにちらばってたたずみ、よくわからないことしていた。


「なにをしているのかわかるかい?」


 年齢層は、ばらばらだ。


 成人といってもいいような者もあるので平均をとれば、はじめに見た子達より上になるが、なかには十歳くらいの子もまじっている。


 彼らのまわりには、ぷかぷか空中をまどみ木のような道具があって、奇怪な動作をみせていた。


 大小球体。三角や正方形のめんをかいま見せる多角たかく立体。多彩たさいいろどりの砂礫されきや粉末。


 光る糸。ともえにめぐる穴なしの勾玉まがたま。複数の立体が組み合わさった分子模型のようなものなど。


 それが突然消えてしまったり、高速で飛びったり、分解されたり、床に転がり落ちたりしている。


 案内している男の問いかけと、目の前でくりひろげられている不可解な現象は思考の外におき、セレグレーシュはその場立ちに室内にいる人間の風体ふうていを確認しはじめた。


 そうする過程かていで、ふたつ、みっつ、気づいたことがあった。


 非常識にも重力を無視してくうをただよっている物体が動く時、そのあたりにいる誰かが必ずといっていいほどなんらかの動作をする。


 ちょっと手をそえるようなしぐさだったり、持っていたずんぐりしたにぎり棒やひものような物をふったり、いたり、ほうり上げたり、はらったり。


 なにかしらの思惑を感じさせる動きの中に肉眼では見えない要素……威力のような気配、脈動みゃくどうが目指す物体にそそがれ流れだし、あるいは飽和ほうわし、波動も生まない空気めいた触手を伸ばして、これと根ざした物体になんらかの影響をおよぼす。


 浮いていた物体が突然浮力をなくして床に落ちた時には、決まって落胆らくたんのため息がこぼれ、ぐるぐる、ふらふらと揺れ、思ったのと違う不可解な動きを見せた時には、それを成した者が近くの者に意見を求めたり、ボードにめてある紙面のたばを持ちだして考えに沈んだりしている。


 入口付近にいる少女――セレグレーシュと同年代くらいのむすめだが……。

 そのが手にしている円形の銀のレース編みも、ただの糸のかみあいではなさそうだった。


 少女の手から離れ、ふわりと床におりたところでそれは倍ほどの大きさになり――。

 そのかたむけた小瓶こびんからこぼれ落ちた、砂を含んだような黒いしずくを中央に受けると、ぷわんと膨張ぼうちょうし、なぜか真っ黄色に染まってちゅうに浮きあがった。


 ふちがはためきもしない。硬質こうしつの金属のようになっている。

 その対象物がなかば透明化したので、ガラスや鼈甲飴べっこうあめの細工のようにも見えた。


 …――それは、その少女がべる領域だ。


 理論的に理解しているわけではなかったが、セレグレーシュは肉眼ではなく深層しんそうの感覚で、そこにあるものの属性を見極みきわめていた。


 そのへんで飛びかっている物体も、意識して見れば、どれがどの人間に属し支配されているのかが識別できる。

 けれども。なにを目的として、そうしているのかはわからない。


 作業を楽しんでいる者もあったが、遊びではなさそうだということは場の空気から感じとれた。


「……まあ、いたらぬ者、冷やかし暇つぶしに来ている者もあるようだが、有志ゆうし参加の余興よきょう……自由課題だな。

 心力しんりょく宿やどした法具で空間をとらえ、それぞれが目的とする効果を生みだそうとしている。術士がもちいる《法印ほういん》というものだ…。

 ――法具ほうぐで固定した最終形態が《球》になるものが、もっとも強固な内的空間を維持いじするが、土地や物の材質、目的によっては効果的とも限らない。

 よく使われるのは、あのような立体的な幾何学印きかがくいん――多角、円、螺旋らせん星印せいいん有向量ベクトルのあたりだ」


 セレグレーシュのかたわら。

 自発的に話しだした男の腕が、自身の胸の前でゆるく組みあわされた。


「…――封魔ふうま退霊たいれい退魔たいま誘引ゆういん束縛そくばく分析ぶんせき浄化じょうか封鎖ふうさ防御ぼうぎょ

 隠形おんぎょう増幅ぞうふく減却げんきゃく拡散かくさん促進そくしん凝縮ぎょうしゅく圧縮あっしゅく分離ぶんり分解ぶんかい分別ぶんべつ整理整頓仕分け

 識別しきべつ膠着こうちゃく加速かそく減速げんそく移転いてん重力反転じゅうりょくはんてん……」


 その口から繰り出されるのは、抑揚あるなかにも短い単語の羅列。

 視界の先にある技術ぎじゅつ仕様しようが、よどみなく連ねられていく。


「――発光はっこう発火はっか鎮火ちんか放熱ほうねつ結露けつろ冷却れいきゃく凍結とうけつ……。

 修復しゅうふく補正ほせい矯正きょうせい感化洗脳かんかせんのう誘導ゆうどう静謐せいひつ隠蔽いんぺい秘匿ひとく…――んむ?

 フロー覚醒かくせい誘発ゆうはつか……。――いくつか抜けたようだが、まあいい。

 法印ほういんにも色々あってな。いまも開発中だ。

 その耐久性は、築く者の心力量しんりょくりょう。性質、いん、法則との相性。……構成、築く場所、空域、土地、物質……。その時々・その場の環境条件でさだまる」


 にわかに言いよどむ場面もあったが、頼んだわけでもないのに連れの男は、そのへんにらばっている道具の様式、手技てわざのありかたを気のままにかたり続けた。


「印が持ちうる効果、性状は、もちいる素材の種類、使う媒体ばいたい……水、すな、香油などで定められる。

 力の注ぎ方手法配置はいち規模きぼ、陣形……補助法具ほじょほうぐ、組み合わせの相性にも起因きいんする。

 《しずめ》の醍醐味だいごみともいえる《封魔方陣ふうまほうじん》の構築こうちくは、数ある法印ほういんすべての応用だ。

 無数の法印を兼ね合わせ調和させる――その技術に優れた者のみが《神鎮かみしずめ》となる」


 そのかん、ともに戸口のあたりにいるセレグレーシュは、理解しにくいものがそばにいる……とでも言いたげな顔をしていた。


「《神鎮かみしずめ》がどういうものか、知っているかい?」


「オレは、ヴェルダをさがしに来たんだ」


 セレグレーシュがぼそっと主張したが、その男はほけっとしたもので、他人事に耳を貸しているような態度を保持していた。


 特別、熱心になることも軽くあつかうこともせず、やたら涼しい目をしてくつろいでいるようにすら見える。


「その彼は、いたかい?」


「……。まだ見てないところがあるから」


 セレグレーシュがほかの建物を意識しながら、連れの反応をうかがった。


 その男が案内してくれるか、足をみいれることを承諾しょうだくするかどうか。

 相手のはらを――その許容範囲の程度を危ぶんでいるのだ。


「彼がここにいると誰かが言ったのかい?」


「……ヴェルダが…。…ヴェルダが、ここ、行かないのかって……。もう、ずっと会ってない。ここにいると思ったんだ」


「ひとりで来たのか?」


 セレグレーシュはその問いに答えなかったが、男は言葉かたちにされなかった彼の思いに理解をしめすように相槌あいづちをうった。


 ともにをきざんでも他人ひとに前を歩かせて先へは出ない。

 一定の範囲はんい内に近づく者があると、背中をゆるさないような動きをする。


 少し、いっしょに歩いてみただけなのに警戒心の強さがうかがえた。


 れのない環境・状況というのもあるのだろう。

 もともとの性格・教育にもよるだろうが、ようやく大人になろうかという子供が、ここまでギスギスした姿勢をみせるのは、そうならざるおえない経験をしてきた証拠しょうこである。


 そのおもしろい配色はいしょくの瞳には、素直そうなひらめきもほの見えるのに――…。


「苦労したようだが……」


 差しだされた男の右手がいっぷう変わった色彩の頭にれそうになると、セレグレーシュは反射的に腕をふって、それを拒絶した。


「っ! さわんなっ!」


 一瞬で、三歩も間合まあいをとる。

 馴れない野生動物のような反応だったが、その男は動じなかった。


「やはり、なにが出るかわからない感触だ」


 くだされた指摘に過敏な反応を見せたセレグレーシュが、ここもち前傾ぜんけい姿勢に肩をいからせながら目をき、それと指摘してきした相手をにらみすえる。


 そんな対象のようすに気づいているのかいないのか……。

 警戒けいかいされているほうは、感じとったものを解明かいめいするのにいそがしそうだった。


「ジュジュが(この場に)いたら、なにを見ただろう?

 ……。…ゆらぐ水、大気の奥底にあるような無いような……あるとしたら、それはきっと見たことのない法具――(作用を備えた物体……または稟性ひんせい……特殊な部分を見えないようくらましているような……)――奥深くに、すでに完成したものが沈んでいるような……。

 ……そうだな。それはどちらかといえば効力が読めない媒体ばいたい――薬物……儀仗ぎじょう。切れ味の不明確な剣か……機構きこう凝縮ぎょうしゅくされた真綿まわた……気体ガス……霊気。

 それでいて、鉱物……(神秘的な)生きものにも似た…――」


 視界にある少年を通りこし、そのさらに先の裏側死角を見るような目をして、うっすらと笑みをたたえている――その青い瞳が! というようにセレグレーシュに戻された。


「お、オレがどうでも、おまっ…、あんたには関係な……」


「この館は小さな街ほどもある。

 一日でめぐるには広すぎるし、人とは流れ歩くものだ。おなじ敷地しきちにあっても、すれ違いは起こる。ふだんは他所たしょにいて、出入りする一族もいる。久しく帰ってくる者もあるんだ。

 さがしている子がここへ誘ったのなら、その子がいるか、現れるかどうか……腰をおちつけて、ゆっくり捜してみてはどうだい?」


 思ってもいなかった提案ていあん――好都合な言葉、その意味に、セレグレーシュの瞳にあった警戒がゆらいだ。


 不可解なものを見るように、自分の四倍は長く生きていそうな男を凝視している。


「それでもみつからないのなら待てばいい――いずれ訪れるかもしれない……。

 ここは御飯に部屋つき、課題つきだぞ?

 事情が事情だから望むなら、特別に個室をやろう。浴場もシャワーもある。実力がつけば夜のあかりにもことかかない。自身で場を築けるようになれば限りある私的な空間……自室のせまさもさほど気にならなくなる。

 必要におまけがつくていどには衣類もあたえるし、支給こづかいの範囲内であれば服装・よそおいは自由だ。

 むろん、そのへんを自費じひまかなうのもいいだろう。そのあたりでバイトしてかせいでくれてもかまわない。

 ここには理髪りはつ店、理容りよう店もある。よろず屋も服飾ふくしょく店も、茶庭ちゃていも喫茶店も――医局いきょくも図書館も、牧場に菜園もな」


 男は、うつりゆく少年の表情にとまどいと手応てごたえを見ると、うっすら柔和にゅうわな笑みを浮かべた。


 してやったり……、という表情に見えなくもない。


「ただし、無償むしょうとはいかない。見てのとおり、ここは可能性のある者が学び、技を身につけるところだ。

 ここにいるならここの知識をおさめてもらう」


「オレ、なにも持ってない。親なんていないし…――字もそこそこ読めるだけ。ちょっと、書いてみたことあるだけで、ほとんど……」


「文字などならえば、いくらでも書けるようになる。

 そういった種類の障害があるなら大きな課題となるが、言葉を理解し、覚えられるのなら手段がないわけでもない。

 性根しょうねくさっている者、やる気のない者、知識と手段さずけることが危険と思われる者は、素質があっても追い出すがな」


 真に受けていいものか、事態を危ぶみ眉を寄せているセレグレーシュの視界で一歩、二歩と、間合いがつめられた。


「この家が学ぶ子らに求めるのは、安寧あんねいを望む強い心と、種族、血族、組織に過度にとらわれぬ公平さ――…それを現実かたちにできるだけの資質――…適性てきせいと能力だ。金品は必要ない」


 そうしてあらためて、そっと。


 青磁色の頭に乗せられた手は温かく、豊かな思いやりを秘めていて…――

 および腰になりながらも、こらえて受けとめてみた彼に、ここしばらく忘れかけていた父親の手の感触を思いおこさせた。




▽▽ 場外です ▽▽


 ※ 《天藍てんらん理族りぞく

 《理族》という熟語はありません。当初名指なざされていた《ことわりの一族》を圧縮してもうけた造語になります。

 《天藍》と呼ばれる種族(単語)にかぎられた修飾になりますが、一族と同義と受けとめていただければと💦

 《天藍》は《天藍石》より。瞳孔が群青色であることに由来します。

 青い石は数あれど、稀少なようですし、石言葉的にも、これが良いかなと。


 インベンターにして、クラフトワーカー。クリエーター一派です。

 闇人やみひとと人間の血が混ざることで生じる亜人――その中に確立された特例的な系統になります。


 一族のイメージとしては、道具を動作する方向へ組みあげる(内部改造する)ことから歯車機構ギアです……。

 とはいえ、動作させるのは彼らではなく《心力持ち》になります。

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