14. 未来は希望に満ちて



 ライブを終えた後、私たちは四人で文化祭を楽しんだ。


 途中で吹奏楽部の発表のために琢磨くんが抜け、修二は中学の同級生に遭遇して抜けて。

 結局、私は優樹と二人になっていた。


 とはいえ、優樹は今回のライブでさらに人気者になったようで、行った先々で話しかけられて、すこしうんざりしている様子だった。


「……はあ、いい加減疲れたな。俺の平穏カムバック……」


「ふふ、モテモテですねえ、優樹くん」


「全然嬉しくない。単純に推してくれるだけならもちろん嬉しいけど、こないだみたいな事故を起こしたり、俺や周りの迷惑を考えないで押しかけてこられるのはもう勘弁だよ」


「そうだよね」


 私と優樹は、人の多いところから逃れるように、校舎の裏手まで来ていた。

 自販機が置いてあって、近くにはベンチが設置されている。

 普段の休み時間はそこそこ人がいるのだが、今日は校内で食べ物も飲み物も買えるからか、ひっそりと静かな時間が流れていた。


「優樹は、音楽の道へ進むの?」


「うん、そのつもり。高校卒業したらバンド組んで、オリジナル曲で勝負しようと思ってる。でも――」


 優樹は、深くため息をついた。


「俺、見ての通り、あんまりチヤホヤされるの好きじゃなくてさ。プライベートまでファンが入り込んでくるような生活はしたくないんだよな」


「確かに、これがエスカレートしたら、プライバシーも自由もなくなっちゃいそうだよね」


「着ぐるみかマスクでも被って、顔出しNGで活動しようかな。それか特殊メイクとか」


「あはは、優樹の特殊メイク、ちょっと見てみたいな。閣下みたいなやつ」


「はは、めっちゃ肌荒れそうだけどな」


 派手な特殊メイクで、あの透明感あふれる歌を歌うのか。想像したら、笑えてくる。

 一通り笑うと、優樹は、膝の上で両の手のひらを上に向けた。


「俺の人生には、この手におさまるくらいの幸せがあればいい。でも、どこまで行けるか、試してみたい気持ちもある」


 優樹は、手のひらをぎゅっと握り込む。

 その目には、強い意志の光が宿っていた。

 なんだか、そのまま置いて行かれてしまいそうで、何とも言えない寂しさを感じてしまう。


「……俺、今回、愛梨と一緒にバンド組んでさ、気付いたんだよ。すごく抽象的にしか言えないんだけど、俺の目指す音楽には、なんていうか……心とか魂の繋がり、みたいなのが必要なんだ」


「心? 魂?」


「うん。今回、愛梨と一緒にアレンジを作り上げられたのも、信頼して背中を預けられる琢磨と修二がいて初めてできたことだ。それに、何より――」


 優樹は、私の方に視線を向けて、やさしく目を細める。


「曲をここまで高められたのも、愛梨との心の繋がりっていうか……言葉がなくても通じ合える部分がたくさんあったから、だと思う」


「うん、それは、私もそう思う」


「愛梨がさっきみんなの前で言ったこと、俺も全く同じ気持ちで、びっくりしたんだ。愛梨がいたから、一人じゃ見えない景色が見れた」


「優樹……」


「だから――愛梨が良ければ、いつかまた、俺の隣でキーボードを弾いてくれないかな?」


 私の目を真っ直ぐに覗き込んで問いかけてくる優樹の瞳には、ひとつも曇りがなかった。

 冗談じゃなく、本気でそう思っていることが、痛いぐらいに伝わってくる。


「……私も、そうしたいな。優樹と一緒に、もっとたくさんの景色を見たい。……でも……」


 そこで私は言葉を切った。

 これまでもずっとうじうじ悩んできたのに、今ここで将来のことをパッと決めることはできない。


「受験は、しなきゃいけないと思う。大学に通う合間に活動するぐらいなら、許してもらえると思うけど……その道に進むとなったら、どうかな……」


 私の未来は、私だけのものではない。

 親や先生、祖父母や親戚、友達、近所の人……色んな人の期待や思惑が複雑に絡み合って、決まるものだ。

 私自身にその夢を貫き通す自信があるなら別だけれど、強い覚悟がないのであれば、安易に自分の意見だけを押し通すわけにはいかない。


 けれど優樹は、そんな煮え切らない返答までまるごと包み込んでくれるように、やさしく頷いた。


「ありがとう、それで充分だよ。俺だって、プロになって食っていける自信はこれっぽっちもないし。専門学校に通いながら、もしチャンスが来れば……って思ってる」


 希望に満ちた表情で。

 サンタのプレゼントを待つ子供みたいに、楽しそうに空を仰ぐ。

 つられて見上げた先には、高くきれいな秋の空が広がっていた。


「――バンド組む時は、絶対に声かけるよ。もしその時にダメでも、愛梨と修二と琢磨の席は、ちゃんとあけとくからな」


「ふふ、律儀だね。もっと気の合う上手なメンバーがいたら、遠慮せず誘っていいんだからね?」


「まあ、それでもだよ。ツインキーボードでも、ツインベースでも、ツインボーカルでも、パーカッションがいてもいい。編成に決まりなんてないんだから。そうなったら、そのためにまた新しい曲を書くよ」


 優樹なら、本当にそうしてくれそうな気がする。

 全部まるごと受け入れてくれる懐の広さも、柔軟に生きていく強さも、彼は持っているから。


 そんな素敵な未来を想像して柔らかく笑う私に、彼もやさしく微笑み返してくれた。


✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚


 次回、文化祭編最終話です。

 ちょっと長い(3500字ぐらい)ですがご容赦下さい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る