12. 変わりゆくもの、変わらないもの
楽器を持って街へ出かけた私たちは、レンタルスタジオを訪れていた。
前回と同じようにキーボードをレンタルし、テキパキとセッティングを続けていく。
そして、正面には、前回はなかった機材……三脚にのったビデオカメラが、私たちの方を向いている。
「……よし。準備できたな。愛梨、録画ボタン、頼むよ」
「任せて。じゃあ、押すよ」
ビデオが回り出し、私がキーボードの前に戻ると、いつも通り、琢磨くんがカウントをはじめる。
イントロをこなし、歌のパートが始まると、歌い始めたのは――センターに立った、修二だった。
やはり歌が入ると、ベースがガタついてしまう。
優樹の歌の方が断然良いのは、間違いない。
けれど、修二の歌は、今までの演奏で一番熱くて力強くて――カッコよかった。
真剣に歌う修二の横顔は、見たこともないほど輝いていて。
きっと――いや、絶対に届くに違いない。
ならば、私たちは彼の歌がしっかり届くよう、全力でサポートするだけだ。
あっという間だった。
修二は、二曲しっかり、歌い切った。
音が消えていったところで、私はビデオカメラのスイッチを押す。
しっかり撮れているようだ。
「修二、お疲れ。見てみるか?」
「ああ」
スタジオの丸椅子に座り、皆でビデオカメラを覗き込む。
修二の勇姿もばっちり映っていたし、音もちゃんと録れていた。
「明日、アイツが文化祭に来ることはないと思う。けど、オレの望みは叶ったよ。――皆、ありがとう。優樹も、カメラ、サンキュな」
「おう。SDカードはそのままやるよ」
「助かる。今度同じ容量のやつ買って返すわ」
修二は、撮影を終えたビデオカメラからSDカードを抜いて優樹に返すと、SDカードを大事に財布の中にしまう。
その目元は、汗のせいか、きらりと輝いていた。
「さ、残り時間で、もう少し明日の練習しとくか?」
「だな。折角だし」
それから私たちはスタジオで残りの時間ギリギリまで練習をして、コンビニで忘れずにスイーツを買って、学校に戻ったのだった。
*
ダメージが効いてきたのは、スタジオでの録画と練習が終わって、学校に戻って一人になった時だった。
優樹は代表者集会に、琢磨くんは吹奏楽部のリハーサルに行っている。
修二は、クラスの友人に「装飾が終わらないから手伝ってほしい」と頼まれて出ていった。
私も修二について行こうとしたが、足が完治していないということで、断られてしまった。
ひとりぼっちのカフェテリアで、コンビニで買ったプリンを黙々と口に運ぶ。
好きで普段からリピートしているプリンは、いつもと変わらない味なのに、なぜだか美味しいとも不味いとも感じなかった。
優樹に何かを告げ、顔を覆って泣きじゃくる麻衣ちゃん。
声をかけようとも触れようともせず、ただ、涙を流す彼女を見下ろす優樹。
脳裏に焼きついて離れないその映像が、じくじくと痛みを持って、心を
悩んだだろう。迷っただろう。
断られると、本人もわかっていただろう。
でも、彼女は行動に移した。
いつまでも現状を変えたくないと願って、ぬるま湯に浸かっている私より、ずっと大人だ。
動かなければ変わらない、なんてことはない。
何もしなくても時は過ぎていって、人も環境も変わっていく。
自分だけがそこに立ち止まっていたら、逆に取り残されて、みんなに置いて行かれてしまうんだ。
ひとりで食べるプリンの底。
どろりと溜まったカラメルは、いつもよりずっと苦かった。
*
そして、翌日。
ついに、文化祭の当日だ。
いつもは飾り気のない学校の校門は、赤や白の花飾りで彩られ、手作りの大きな看板が掲げられていた。
生徒たちもどこか浮き足立っていて、みんな明るく挨拶を交わしながら登校してくる。
私と優樹も相変わらず一緒に登校していたが、話しかけてくる友人たちもみなワクワクを隠せない様子だった。
「ついに来たな、文化祭。うー、緊張するな」
「えー、意外。優樹も緊張するんだねえ」
「そりゃあ緊張ぐらいするさ。何だと思ってるわけ」
「あはは、ごめんごめん。そういう時はねえ――」
私は隣を歩く優樹の手を取ると、手のひらに「人」の字を三回書いて、優樹の顔に押し付けた。
「――こうするといいんだって」
「やべ、もっとドキドキしてきたじゃん」
そう言う優樹は、耳を赤くして抗議してきた。
「あれ、おかしいな」
私が手を離そうとすると、逆に優樹の手に捕まえられてしまった。
そのまま、きゅ、と手を握られる。
逃れようとしても、優樹は手を離してくれない。
「ちょ、ちょっと、優樹」
「俺をドキドキさせた罰。教室まで離さないから」
「で、でもっ」
周りに見られたら、どうするのだ。
ただでさえ優樹は最近、有名人なんだから。
「愛梨、前に言った約束……覚えてる?」
「――うん」
耳元で穏やかに囁く優樹の声に、とくん、と鼓動が跳ねる。
オレンジ色の夕焼けに照らされて、優樹が告げた言葉が、蘇ってきた。
「――人、増えてきたな。やっぱ、文化祭が終わるまで、我慢するよ」
優樹は、パッと手を離す。
離れていく指を、一瞬、追いかけてしまって……私は、ハッとした。
「朝イチのステージが終わったら、文化祭、みんなで一緒に見て回ろうか」
「うん!」
いつも通りにニカっと笑う優樹に、私も笑顔で応える。
けれど、心の中は、もはや全然穏やかではない。
そのドキドキが、ステージを前にした緊張なのか、その後のことへの想像からくるものなのか――それとも今しがたあったことに対してなのか、私には全くわからなかった。
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