4. スタジオ初練習
翌週の日曜日。
私たちは、音楽の練習をするレンタルスタジオに来ていた。
スタジオには、大中小、色々な部屋があって、すべて二重扉の防音室になっている。
ドラムやアンプ、マイクなどの機材も全て揃っていて、元から設置してある機材に関しては、予約した時間の分の料金を払えば無料で使わせてくれるらしい。
スタジオには有料の貸出用機材もある。私はキーボードを持っていないのでレンタルすることにした。
優樹がテキパキとセッティングを手伝ってくれて、私もひとつひとつ覚えながら、初めて軽音楽用のキーボードに触れる。
今まで慣れ親しんできたピアノと違って鍵盤が軽く、音の鳴り方も違うから、慣れるまで少し時間がかかりそうだ。
「ごめんな、愛梨。本番は音楽室だからグランドピアノなんだけど、さすがに普通のレンタルスタジオには置いてないんだ」
「ううん、大丈夫。やってみるよ」
優樹はアンプのツマミを調整しながら、私の方を気にかけてくれる。
琢磨くんもすっかり手慣れているようで、すぐにドラムの調整を終わらせて、ベースのチューニングをしている修二の代わりにマイクのセッティングに入っていた。
「よし、みんな準備できたか? 早速合わせてみよう」
優樹の言葉に皆が頷くと、琢磨くんがドラムスティックを三度打ち鳴らす。
そして、一斉に音が弾けた。
「わぁ……!」
小さくこぼした感嘆の声も、音にさらわれて沈み込んでいく。
高音が鼓膜を揺らす。低音が胸奥に響く。音圧が脳を刺激する。
(みんな、上手い)
率直に、そう思った。
琢磨くんの刻むリズムは正確で、力強い。
修二のベースも、粒がそろっていて、琢磨くんのドラムとしっかり合っている。
そして、優樹は――
(繊細で綺麗な音)
優樹が鳴らすギターの音色には、本人のやさしさや素直さが滲み出ているような、不思議な透明感があった。
柔らかくて、でも弱々しいわけではなくて、丁寧にコードを繋いでいく。
(私も、混ぜて――もっと聴かせて、響かせて)
一人で音源に合わせて練習している時には感じなかった心地良さと、胸の内から湧き上がってくる不思議な情動が、私の身体を支配した。
(――楽しい!)
腕を広げて、音の海にダイブする。決められた音の中を泳いでいれば、心はどこへ行っても自由なのだ。
けれど、そんな素敵な音の広がりは、長くは続かなかった。ヴォーカルが入った途端に、ベースが崩れ始めたのだ。
ベース音の強弱が安定しなくなり、リズムも少しふらつく。コード進行のタイミングが疎かになる。
ベースヴォーカルは難しいと聞く。やはり、歌に引っ張られてしまうのだろう。
それでも一曲、何とか通し切った。
「……安易にベースヴォーカルやるなんて言っちゃって、ごめん」
「ベース単体なら普通に弾けてるんだけどな。やっぱ、歌も入ると難しかった? 誰か専属のヴォーカル雇う?」
「悪い。もうちょっと……もうちょっとだけやらせてほしい」
「……わかった。とりあえず二曲目も合わせてみよう」
二曲目の演奏を始めたものの、結果は一曲目と同様だった。
準備と片付けも含めて一時間、通し練習や部分練習を何度か繰り返して、その日はひとまず解散になった。
「また、各自家で練習してこよう。音楽室を借りられる日がないか、もう一度先生に頼み込んでみるよ。無理ならまたこのスタジオかな」
「……すまん、足引っ張って」
「いや、まだ本番まで一ヶ月あるし、何とかなるだろ。頑張ろうぜ」
「そうだよ。元気出して」
「……僕も、リズムを引っ張れるように頑張る……修二くん、一緒に頑張ろう」
修二は申し訳なさそうにしていたが、皆笑顔で励ますと、気を取り直したようだった。
「ところで、みんな、この後はどうするの? 帰る?」
「ああ……オレは帰ってベース練習するよ」
「そっか。優樹と琢磨くんは?」
「……僕も帰る……」
「俺は暇だよ」
修二と琢磨くんは帰るようだが、優樹は時間があるようだ。良かった、どうしても男子に聞きたいことがあったのだ。
「あ、ほんとに? じゃあ優樹さ、ちょっと付き合ってくれない?」
「ん? つ、付き合うって?」
「行きたいところがあるの。あ、でも荷物重いか」
「あー、ああ。全然いいよ、このぐらい重いうちに入らないから」
「本当に? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
そうは言うけれど、肩にギター、手には重そうなエフェクターケースを持っている。
気を使わせてしまったかと、言ってしまってから後悔した。
「じゃあ、オレらは帰るから」
「……お先……」
「おう、お疲れ。また学校で」
「お疲れさまー」
修二と琢磨くんを見送ると、レンタルスタジオのロビーには、私と優樹の二人になった。
練習が始まる前は別のグループが話し合いをしたりしていて、それなりに賑やかだったが、今は誰もいない。
「で、どこ行くんだ?」
「駅ビルの、紳士服売り場だよ」
「……え?」
「サプライズプレゼント、したくって。でも、どういうのあげたら喜んでくれるのかわからないし、私一人じゃ入りにくいから」
「……そっか。いいよ。……で、それって、だれに――」
「きゃっ!?」
急に目の前を小さな虫が横切って、私は思わず悲鳴を上げてしまった。
「ご、ごめん。えと、何か言いかけた?」
「……いや、なんでもない。さ、行くか」
「う、うん」
何故か急に不機嫌になった優樹は、私に背を向けて、スタジオの出入り口へ歩いて行ってしまう。
私は急いで荷物を持って、優樹の後を追いかけたのだった。
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