2. 好きって、何だろう



 文化祭に向けてバンドを組むことになった私たちは、早速企画書を先生に提出。

 朋子が学校をやめてしまうという事情があったため、企画はすんなり通ることとなった。


 ただし、問題は、すでに埋まってしまっていたタイムテーブルの調整だ。

 無理を言って急遽こじ開けてもらったのは、朝一番で一回限り、音楽室での演奏だった。


 セッティングは事前に済ませておけるものの、後片付けも含めて、与えられた時間は十分間。演奏できるのは、二曲が限界だ。

 それに、開始直後はみんな自分の出し物が忙しいと考えられる。観に来てくれる人も少ないだろう。

 ただ、私たちは舞台に立った経験もない急造バンド。観客が少ないと思えば、気楽ではあった。


「何の曲やろうか」


「んー、みんなが知ってて、ヴォーカルの修二が歌いやすい曲がいいと思う。修二って普段どんな曲歌うんだ?」


「あー……アニソンとか」


 優樹の問いかけに、修二は少し恥ずかしそうにしながら、そう答える。

 少し意外だったけれど、そういえば朋子とカラオケに行った時、彼女が好んでアニソンを歌っていたことを思い出す。


「いいんじゃないか? アニソンなら有名曲多いから、盛り上がりそうだし。ベースヴォーカルは難しいから、ベースラインがシンプルな曲がいいよな。そうなると……」


 優樹はスマホを取り出して、しばらく画面をスクロールしていく。

 目当ての曲が見つかると、小さめの音量で再生した。今年流行ったアニメの、オープニング曲だ。疾走感が心地良い。これは盛り上がるだろう。


 昼休み中なので、他の生徒たちも各々の時間を過ごしている。私たちがスマホで曲を流していても、大して気にする様子もない。


「今の曲とか、あとはちょっと古いけどこの曲とか、どう?」


 そう言って優樹は曲を切り替える。今度の曲は、少し古いけれど有名なアニメ映画の曲だった。

 全体を通してキャッチーでメロディアスな曲なのだが、私は特に間奏が好きだ。ギターとピアノが掛け合うように織りなすメロディラインが、泣いているみたいにエモくて切ない。


「あー、いいぞ。これならいけると思う」


「愛梨と琢磨もいいかな?」


「私はいいよ。この曲大好き」


「……僕も大丈夫……」


 修二も、私も、琢磨くんも、頷いた。

 優樹も、それを見て満足そうに頷く。


「よし、じゃあ帰りに楽器屋寄って、スコア調達するか。誰か一緒に行かない?」


「悪ぃ。オレ、約束があって」


「……ごめん、僕……部活なんだ……」


 優樹が誘ったものの、修二も琢磨くんも忙しいようだった。私は特に予定がないので、小さく手を挙げる。


「私、いいよ」


「お、愛梨、いいの? じゃあ放課後、頼むよ」


「うん」


 私が頷くと、優樹はすごく嬉しそうに笑った。

 よほど一人が嫌だったのだろうが、こう嬉しそうにしているのを見るとなんだか可愛く思えてくる。


「ていうか、優樹と買い物行くの初めてだね。楽しみー」


「……っ。だな、俺も楽しみ」


 優樹は目を泳がせながら、答えた。

 ……あれ? 本当は、楽しみじゃないのだろうか。


 その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「……青春だね……」


「まあ、デート、楽しんでこいよ」


 一言ずつ声をかけて、琢磨くんは隣のクラスに、修二は自分の席に戻る。


「デ、デートって……違うから」


「あっ、そっか。私と二人で出かけたら、優樹の好きな人に勘違いされちゃうかな? 大丈夫?」


 私の席は優樹の後ろだ。周りを見渡しながら、私は小さく声をかける。


「……っ。……愛梨が気にすることないから」


「……そっか、そうだよね。ごめん」


 動揺したようにそう答える優樹の声は、突き放すみたいに冷たくて、私は何となくショックを受けた。

 後ろから見える優樹の耳は赤くなっていて、好きな人のことを考えているのかなと思うと、少しだけ心がザワザワしたのだった。


「恋……か」


 自分の席で、誰にも聞こえないほどの声量で、私は呟く。小さな声で言ったはずなのに、前に座る優樹の肩が、ぴくりと跳ねた。


 ――好き、って、何だろう。


 私は、誰かと付き合ったことがない。

 あまり興味もなかったし、友達の朋子や修二、優樹といられればそれで充分楽しかったからだ。


 一時期、修二をいいな、と思っていたこともあった。でも、それが恋なのか、憧れなのか、友情の延長なのか、よくわからずにいた。

 けれど、朋子と関係を持っていたと聞いた途端に、何故だか急に……気持ち悪い、と思ってしまったのだ。


 私にとって、そういう深い関係に踏み込むのは未知のことであり、怖いことであり、気持ちの悪いことでもある。

 興味よりも、恥ずかしさとか、忌避感とか、嫌悪感が勝っていた。


 だったら、好きなアイドルやアーティストを追いかけて、「尊い」とか「推せる」とか言っていた方が、気楽だし健全だし、自由でいられるように思うのだ。


 そして、そんな風に考えてしまう私自身が、恋することができない私自身が、何かとてつもない欠陥を抱えているような気がして……少しだけ、ジリジリしてしまう。


 きちんと恋をしている優樹や修二が、少しだけ、羨ましかった。

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