Another World 2 〜 side. 修二


 side. 修二(another world)


――*――


 蒼白な顔をして背中を向け駆けていった、かつての恋人もどきを見ながら、オレは静かにため息をついた。


「朋子……オレの方は、あれで最後だ。お前は?」


「アタシはとっくに終わってるわよ。このお腹でバレる前にね……あら、見て」


 朋子が顎で指す方を見ると、ヒールが片方、地面に落ちていた。愛梨の履いていたものだ。


「よっぽど慌ててたのね。ガラスの靴じゃないんだから、誰もアンタなんか迎えに来ないっつの。アハハ」


 零時を回っても、魔法なんて解けない。

 そんなもの、最初からなかったんだから。

 なのに、オレの心にチリチリと罪悪感が募っていく。


 深夜の繁華街、モニターに仮面をつけたチャラチャラしたバンドが映し出される。

 確か、masQuerAdesマスカレードとか言ったか。愛梨が好きだったバンドだ。



 ――ああ、報われない想い

 鍵をかけて蓋をしたんだ

 僕は仮面を付けて

 大きな手の上

 踊るだけの操り人形マリオネット――

 


「……気に入らねえ」


 オレは、愛梨が落としていった片方の靴を、モニターに投げつける。

 靴は、ヴォーカルの映像にぶつかる手前で、落ちていく。


 ちょうどそのタイミングで、仮面をつけたヴォーカルの男が、画面の中、落ちていく何かを掴んで拾い上げる仕草をした。


 画面の中で男が拾ったのは、糸の切れた人形。

 けれどオレには、プリンセスが落としたガラスの靴を拾い上げる王子のように見えて、なんとなく心がざわついたのだった。


「さあ、帰るぞ、朋子。そろそろ引越しの準備しないとな」


「うんっ!」


 悪魔みたいな女が、オレの腕にしなだれかかる。

 こいつが悪魔なら、オレも同じだ。

 吐き気がするが、それが心地良いと思えるぐらい、オレの心はもうとっくに歪んでいるんだから。


「楽しみだね、修二。知らない場所でぇ、二人きりの新生活」


「三人だろ?」


「アハハ、そうだった。ごめんねぇ、赤ちゃん」


 あいつと――愛梨といると、眩しくて、ダメだった。

 そもそも、学生時代の友人をカモにしようと思ったのが間違いのもとだ。

 どうしたって、まだ角を曲がり切る前の、青い春の時代を思い出してしまう。


 焼き尽くされて灰になってしまいそうで、あいつの身体にも手を出さなかった。

 お前が大切だから、結婚するまで身体は合わせない――そんな言い訳をしたら、あいつはすごく嬉しそうに笑った。

 愛梨にだけ手を出せなかったのも、最後まで捨てられなかったのも、もしかしたら――。


 だが、掃き溜めのようなオレは、あいつに相応しくない。

 オレはもう、戻れない。

 吐き気のする世界で、オレが選んじまった悪魔と一緒に、死んだように生きていくんだ。




 ――愛梨が身投げして意識不明だと聞いたのは、その次の日のことだった。


 だが、オレには、愛梨に合わせる顔がない。

 あいつが身投げしたのは、どう考えてもオレのせいだから。


 オレはただ、子供みたいに、毛布の中でブルブルと震えることしかできなかった。





 それから約一週間。

 愛梨が目を覚ましたと、連絡があった。


 オレはホッと息をつく。

 カモにしたオレが悪いんだが、自分のせいで誰かの――あいつの生命が絶たれるなんて、そんなことがあってはならない。


 優樹が見舞いに行ったようだと、電話に出たお袋が言っていた。

 オレも朋子もあいつのところに顔を出すわけにはいかないから、少しだけ安心した。

 今優樹が何をしているのかは知らないが、きっと、愛梨と同じように明るい道を歩いているだろう。



 一方、オレの方は――。


「ねぇ修二。困ったことになってるんだけどー」


「あ? なにが?」


「琢磨って覚えてる? 高校の時、隣のクラスだった奴」


「ああ、あの真面目そうな冴えない奴か。それがどうした?」


「なんかさぁ、探偵に依頼して、アタシが騙した男どもと被害者の会を結成したみたいなの。多分修二の方にも行き着いてるよ。どーする?」


「どうするってお前なあ」


「あーあ、ちゃんと気が弱そうな奴、選んでたのになぁ。琢磨の友達がどっかの社長の息子とかで、探偵に依頼しやがったのよ」


「おいおい。調べなかったのか? お前にしちゃ珍しく詰めが甘いじゃねえか」


「調べたわよ! つーか、そんな友達いるなんて情報、どっからも出てこなかったんだけど。何繋がりなんだろ」


「あー、クソッ!」


 ああ、何もかも気に食わねえ。

 だが、掃き溜めのオレたちには当然の末路だな。

 こうなったら、どこに逃げても一緒だろう――唯一道があるとすれば、海外ぐらいか。


「仕方ねえ。海外行くか」


「あーっ、アタシ、ヨーロッパかアメリカ行きたい!」


「そこまでの金もねえし、ルートもねえよ。行くなら東南アジアだな」


「えー、じゃあヤダ」


「捕まるぞ?」


「それもヤダ! ねえ、何とかしてよ、修二ぃ」


 朋子に揺さぶられながら、オレは終わりへのカウントダウンが始まっていることを自覚したのだった。



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