龍は金弓持ち光り輝く

加須 千花

第一話  その女童、龍のごとし

「はあぁって、息かけた拳骨げんこつくらわすぞ、コラァァァ!」


 多津売たつめは川向うにぞろぞろと徒党を組んだ男童おのわらは(男の子)どもをにらみつけ、怒鳴った。


 隣郷となりさと上野国かみつけののくに緑野郡みどののこほり保美郷ほみのさとの、わらは頭首とうしゅ(リーダー)───どうせ十五歳だ、わらはがつるんでいられるのは、十五歳までだから。十六歳からは畑仕事で、わずかも徒党を組んで遊ぶ暇は許されない───が、叫んだ。

 

「あ───ん? 多津売たつめ、郷長の娘だからって、おみなはひっこんでな!」


 多津売たつめ、十四歳。

 いかにも、多津売たつめ緑野郡みどののこほり阿部郷あへのさと郷長さとおさの五番目の娘である。

 上は全部、兄。下に弟。

 多津売たつめはたった一人の女童めのわらは(女の子)として、きちんと読み書きを覚え、最低限の美しい所作を覚えれば、十五歳まで好きにして良い、と育てられた。

 結果、兄弟に揉まれて喧嘩好きになったのである。


「そのおみなに負け越してるのは、どこの誰だい、小僧こぞう!」


 隣郷となりさとの、わらは頭首とうしゅ小僧こぞうと言う。れっきとした名前である。


 多津売たつめ女童めのわらはでありながら、喧嘩にあけくれ、アザや擦り傷を負ってもまったくひるまず、両親からは、


「おまえは才能があるぅぅぅ!」


 と手放しで褒められ、どこからか流れてきて郷長の家に逗留とうりゅうした謎の怪僧には、


「おまえには才能がある……、わしの秘技を授けよう。」


 と謎の格闘術を授けられ、人体のツボを教えられ、齢十二にして阿部郷あへのさとで負け知らずになり、兄のあとを継いでわらはの頭首となった。

 それからは、次から次へと近隣のわらはどもと戦をしこれを平定し、



 ───阿部郷あへのさと多津売たつめ有り。その女童めのわらはたつのごとし。



 と恐れられるようになった。

 ま、十五歳までの、わらはの遊びだけどね。

 こうやって、小僧の率いる保美郷ほみのさとわらはの徒党と川戦かわいくさをするのは、何回めか。わからない。

 毎回小僧は、あたしに、おみなはひっこんでろ、と言い、毎回あたしにのされ、毎回、再戦だあ、と約束を取り付ける。

 まあ、皆、喧嘩は大好きだから、良いんだけどね。


多津売たつめ、今日こそ、オレのほうが強いと明らかにするぞ!」


 九月の空に小僧が宣言した。川向うで、


「そうだあ。」

「明らかにするぞー!」

「全部明らかにするぞー!」


 と、小僧の取り巻きがはやしたてる。

 薄紅うすくれない色の衣を身にまとった多津売たつめは、切れ上がったまなじりをおかしそうにゆがめ、相棒の剣───に見立てた梅の木の棒で、トントン、と己の肩を叩き、


「はあ……。無理だと思うけど。せいぜい頑張ったら?」

 

 と言う。今度は多津売たつめのまわりから、


「毎回負けやがってー。」

「根性無しがー。」

げなむ(おもげなむ、愛の告白のこと)なんてさせねえぜー!」


 とはやしたて……、なんか最後変なのまじってなかった? 

 小僧が赤い顔で、


「うるせえ! やっちまえー!」


 号令をかけた。多津売たつめも大声で、


「行けえ!!」


 叫び、梅の木の棒を、すらり、と上空に振った。

 わあ、五十人ほどの、十五歳までの男童おのわらは、……一人、多津売たつめを一点の紅とし、浅瀬の川を渡り、取っ組み合いをはじめる。

 多津売たつめは、次々と向かってくるわらはを、


「ふん!」


 梅の棒で、腕を打ち、頭を打ち、昏倒させ、掴みかかろうとするわらはの、肩を打ち、


「はいっ!」


 足払いをかけ、ばしゃん、と川に水しぶきをあげて沈ませ、乗り越え、ふっと膝をかがめ、背後から殴ってきたわらはの拳をかわし、振り向きざま、


「拳骨!」


 殴りたい気分だったので、腹にめがけ左拳をはなった。

 みぞおちに食い込む。ぐぅ、相手はうめく。右腕に持った梅の棒で、がつ、頭を打つ。

 相手は倒れた。


多津売たつめ───っ!」


 喧騒と、川の水音がうるさいなかで、小僧が多津売たつめを呼ぶ。


「あたしはここだぁっ!」


 名のりをあげる。

 それを二回も繰り返せば、さあ、とまわりから人波はひき、頭首同士の一騎打ちのための場所が生まれる。

 多津売たつめと小僧は、戦いの予感をギラギラさせながら、近づき……。


「姉ちゃん! 大変だ! あっちからわらはが流れてくる!」


 弟の切羽詰まった声が、その場の緊張を解いた。

 わらはの遊びに人死は厳禁。


「はああっ?! どこだ?」

多津売たつめ、勝負はこれまでか?!」

「これまでだよ。そんなにあたしに勝負してほしいかい。いつでも付き合ってやるよ。」


 てきぱきと土器かわらけ色の帯を解き、薄紅うすべに色の上衣うわごろもを脱ぎ、近くにいた仲間に放る。

 胸、腹を隠す白い麻布に乱れは無し。

 ちらっ、と横目で小僧を見たら、


「…………。」


 小僧が真っ赤になってもじもじしてる。多津売たつめは思わず顔をしかめて、心からこう言った。


「むつかしっ。(気持ちワルっ)!」

「バ、バカ───!」


 と泣きべそをかいた小僧が向こう岸に逃げていった。








   *   *   *




 全五話+あとがきです。



 ※著者より。

 残念ながら、15歳の小僧クンの淡い想いは、14歳の多津売たつめには届かないようです。


小僧「わ──────ん!!」

加須 千花「泣くな、小僧。」


 小僧クンは、あきらめて、三年後に郷の良きおみなと幸せになる未来があります。




【参考、引用/蜂蜜ひみつ/てんとれないうらない/第三話、はあぁって 息かけた拳骨げんこつ くらわすぞ、二点。】




↓挿し絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330665697436243

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