第23話 同じように感じてくれていたらいいのに
「宏海、お願いがあるんだけど」
「ん、どうした?」
「一緒に浅草? とかいかない?」
食事を始めた途端、前触れもなくそう言ったのだ。まぁそういう顔になるだろう。何言ってんのと言わんばかりの顔をした宏海は、浅草? とだけ返す。それが何だか可笑しくて、フフッと笑ってから、事情を説明し始めた。これはあくまで暁子たちのためだと強調して。
「なるほどねぇ。そういうことだったのかぁ」
「え、何?」
「カナちゃん、ここのところ悩んでたでしょう? 心配だったんだけど、恋とか言ってたし、なんか上手く聞けなくて」
あぁ、そうだった。宏海ならどうするか、なんて聞いた気がする。まさか心配してくれているとは。あ、ちょっとだけ嬉しい。
「良いよ。皆で行こうか。その五十嵐くんという子は、僕がいても大丈夫かな」
「うん。多分大丈夫。何ていうかマスコットみたいな子でね。とてもいい子なの」
「へぇ。百合ちゃんの部下だっけ」
「そう。百合の部下になるね。で……あ」
「ん、どうした」
「いや、その……宏海。こう、私と仲良く見せかけることは出来ますかね」
思い出したのは、五十嵐くんの言葉だ。彼が私たち夫婦に憧れていると言っていたこと。宏海といるところを見られるわけでもないし、あの時は適当に誤魔化した。確か、好きな相手と結婚をして幸せそう。何かそんなことを言っていた気がする。
「仲良くってどんな?」
「いや、えぇと……実は、五十嵐くんにこの間言われたの。私たちのことが憧れだって」
「憧れ?」
「そう。奥さんのために綺麗なお弁当作る旦那さん。それを幸せそうな顔をして食べる私。何と言いますか……あ、愛し合ってるんだなぁ、と思っているようでして」
「あ、愛し合ってる……ですか」
「……はい」
口にするだけで、どんどん恥ずかしくなる。一方向からしか私たちを知らない人間にそう思われている、という事実が、まるで私の気持ちがそこに表れているようだったからだ。
「えっと、仲良く、したらいいのかな」
「そうですね」
「それって、どういう……ことなんだろう。手でも、繋ぐ?」
「手、ですか」
ギクシャクした、可笑しな会話が繰り広げられる。今更、手を繋ぐくらいなんだ。そう意気込んでもみるが、いざ出来るかと問われると不安になる。モジモジ下を向いてしまって、かえって恥ずかしくもなった。どうしたらいいのだろう。
すると、箸を止めたままの私の手の上に、宏海がそっと自分の手を置いた。驚いて顔を上げると、ちょっと照れるね、と笑う宏海と目が合う。心臓がドキンと跳ねた。それから、彼は優しく包み込むように私の手を握る。でも、気付いてしまった。顔を赤らめるでもない、いつもの穏やかな顔をしている彼。あぁこんなことにドキドキするのは私だけなんだ、と。だから、スッとそこから自分の手を抜いた。
「そうだね。ちょっと暁子にも相談してみるよ」
「うん、そうして。暁子さんが、どんな感じに持っていきたいのかっていうのも、結構重要だからね。こう、甘い感じを出していて欲しいのか。それとも、ただ仲良く観光してればいいのか」
「なるほどね。そうか、そうだね。うん、相談してみる」
匡の恋の話を聞いたけれど、宏海に特別な変化は見られない。いちいち落ち込んでいたら、好きな相手の近くにはいられないということか。何だか、私にも突きつけられるものがあった。宏海は随分大人だ。こんな年になって思うことでもないが、私にはそういう経験値が足らない。今少し手が触れ合っただけで、まだドキドキが煩いくらいだ。それに反して宏海は……多分何も感じていない。それがまた辛かった。何も望みはしない。けれどほんの少しだけ、私と同じように感じてくれていたらいいのにと思った。
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