第20話 好きなんだ
どんな顔をしたらいいのか分からない。でも目を丸めただけで、何とか声を上げるのを耐えた私を誰か褒めて欲しい。
彼らと別れ、電車に一人揺られていた私の元に届いた、五十嵐くんからのメッセージ。今日の飲み会のセッティングの礼と共に、サラリと『暁子さんに気持ちを伝えました』と送られてきたのだ。今日はまず仲良くなりたい。それが目標であったはず。でも彼にそうさせてしまったのは、私のミスが原因か。きっと隠していても仕方ないと思ったのだろう。彼のことだ。かっこよく決めたわけではないだろうが、真っ直ぐに気持ちを伝えたのだと思う。凄いなぁ、と思わず呟いて、辺りをキョロキョロ見渡す。誰とも目が合わなかったから、まぁ大丈夫だろう。
『すごい!』
『暁子も楽しそうだったから、いい返事が聞けると良いね』
とりあえずそう返したけれど、暁子はどうしただろう。五十嵐くんのことはいい子だと言っていたし、もう少し若かったらなんて言ってもいた。あの時の印象は悪くなかったはずだ。うぅん、気になるけれど。どう問うたらいいのか分からず、指が進まない。うぅん、と顎をもみ始めると、次に届いたメッセージは暁子からだった。
『どうしよう。渉くんに告白された』
『久しぶりすぎて、どうしたら良いのか分からない』
だろうな、と思う。仮に私が同じ状況に置かれたとしても、どうしたら良いか分からないもの。例えば、若い頃のように手放しで喜んで良いのか。受け入れようと彼の手を取ることが、誰かの夢をへし折っていないか。気がかりは沢山ある。それは暁子も同じなのだろう。こうなると私が聞けることなど一つだけ。暁子が嫌だったのか、否か。真っ直ぐに聞いてみようと思ったら、もう一通暁子から届いた。
『でもね、素直に嬉しかったの』
あぁ、きっと大丈夫だ。それを見て、そう思った。五十嵐くんの両親がどう思うかとか、周りの目がどうだとか。そういう、つまらないところに躓いてしまうような暁子じゃない。自分の気持には嘘を吐かないだろうし、誰かに反対されたとて立ち向かうだろう。相手の意見を聞いて、自分では駄目だと思えば引く。始めから挑まずに諦めることなど、彼女はしない。
『うん。暁子が今、素直に感じた気持ちが大事だと思うよ』
『五十嵐くんは仕事でも嫌な印象を受けたことないし、誰かが悪く言ってるのも聞いたことがない』
『見た目は人それぞれ好みがあると思うけど、中身だけ言えば私はいい子だと思ってるよ』
親友が今、大塚暁子という一人の女としての感情に揺れている。きっと彼女も忘れていただろう胸の高鳴り。少し落ち着いたろうか。いや、まだドキドキしてるものか。あぁあ、暁子の気持ちを想像するだけで、私まで胸が高鳴る。恋って良いものなんだなって、ちょっと下を向き口元を緩めた。そしてふと、宏海に早く会いたくなった。
「ん?」
ちょうど着いた最寄り駅。開いたドアから足を踏み出したが、すぐに立ち止まりそうになった。後ろにいた人に睨まれて、邪魔にならないところに身を寄せる。それほど混み合ってはいないホーム。私は、一人パニックになった。
他人の恋に触れたら、自然と開いた自分の心。今、確かに宏海に会いたい。この嬉しい気持ちを共有して、彼がどんな顔をするだろうって考えてしまう。ズルズルと歩き始めて、自分の内に問いかけた。私はどうしたいのだろう。
宏海との生活は居心地がいい。彼の隣に座るのはホッとするし、心が穏やかでいられる。彼の作る食事が美味しいのは当然で、外で誰かと食べるよりも、二人でそれを一緒に摂る食事が美味しい。この生活を私は幸せだと思っているけれど、今以上の関係を望むだろうか。暁子に今告げた言葉を思い出す。私が今、素直に感じる気持ち。細く長い息を吐いて、ふわりと浮かんだ気持ち。
――ただ彼の隣りにいたい。
これは多分、五十嵐くんのような恋ではないと思う。けれど、誰かにこの生活を取られたくないのも確かだ。宏海と二人で、美味しいものを食べて、笑って暮らしていきたい。あぁそうか。きっと私、宏海のことが好きなんだ。
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