待ち受ける現実

 巫女や神官の位には、見習い、一般、上級と、地位や能力、受け持つ役割によって幾つかの分類がされいる。

 十二人の巫女頭や男性最高位となる大神官、そして巫女王や巫女長といった特別な地位もその括りのひとつだ。

 そして、特位巫女、特位戦巫女、という地位に就く女性たちがいる。


 約三年前。魔族の侵略を受けた神殿都市は、しかし巫女王や多くの犠牲を出しながらも、その脅威を退けた。

 その中で、魔王と直接対峙した巫女王や守護殿所属だった者たちには最も数多くの死傷者が出た。

 そして戦後になり。法力の過剰な使用により法力を失った巫女や、深い傷を負った者たちの多くは引退した。


 しかし今も尚、最前線に身を置く者たちがいる。

 嘗て巫女王と共に魔王と戦い、今もマリアの部下として活躍する巫女や戦巫女たちを、巫女長直属の特位巫女、特位戦巫女と呼ぶ。


 その「特位」を冠する女性の姿は、大礼拝殿前の大広場に集った者たちの中にはない。

 恐らくマリアに召集されて、既に旧神殿都市跡に向かったのだろう。


 なぜ、あたしじゃないの?

 マリアに真っ先に声を掛けてもらえる存在でありたい。

 マリアを信じているように、マリアからも信じられていたい。

 いつでも、マリアの傍には自分が立っていたい。

 なのに、この異常事態に召集されたには、特位巫女や特位戦巫女たち。


 フェリユには、声が掛からなかった。

 昨夜、あんなに楽しい夕食を一緒に過ごしたというのに。

 それどころか、フェリユは覚悟を問われた。


 マリアを追うのであれば、固い決意を示さなければならない。

 聖女としての清算をしようとしているマリアの行く末を見届ける覚悟を。


 いったい、聖女の清算とはなんなのか。

 マリアは、三人の長老巫女が殺害されるという前代未聞の事態に、どう現状を認識しているのか。獣の魔族の動きをどうやって捉えたのか。何故、自分に声を掛けずに特位巫女や特位戦巫女たちだけで旧神殿都市跡へ向かったのか。


 何もわからない。

 何も知らない。


 それでも、フェリユは前へと進む。

 きっと、進んだ道の先に答えは示される。

 マリアが示してくれる。そう信じて、旧神殿都市跡へと急行するフェリユ。

 追従する、大勢の巫女や戦巫女たち。


 前日とは違い、全員が「星渡り」を使用して全力で向かっていた。

 急がなければならない。

 日の出前に、長老巫女のマティアネス、セスティナ、ミサレナの三人は使者に急かされて外出し、その後消息を絶っている。

 フェリユやレイ、他にも勘の良い者たちは、薄々と感じているはずだ。

 三人の長老巫女は、マリアに呼ばれて旧神殿都市跡に向かったに違いないと。


 長老巫女について、フェリユはひとつ疑問に思うことがあった。

 大戦前までは、其々が巫女頭を務めていた長老巫女たち。しかし、マリアの改革によって現役を退き、長老巫女という特別な地位に就いた時から、彼女たちは法術を使用しなくなった。

 いや、正確に言うのならば。

 今朝、大礼拝殿前の大広場に唯一姿を見せた長老巫女のミネア以外が、法術を使用しなくなった。

 元とはいえ、巫女頭だ。その地位に相応しく、現役時代は誰もが卓越した法術を使用していた。だというのに、現役を退いたから、という理由だけで法術を使用しなくなったことに、フェリユは首を傾げてしまう。


 法術は、自分のための力ではない。

 創造の女神アレスティーナが、世界に平和と安寧を齎すために授けた、人々を救う尊い力だ。それを、自身の地位の違いだけで禁じてしまった長老巫女たちの行いは、正しいのだろうか。


 その、法術を自ら禁じた六人の長老巫女のうち、三人が殺害された。そして、残りの三人は護衛も付けずに行方を眩ませている。

 もしも、その三人がフェリユたちの読み通りに旧神殿都市跡へと向かったのなら。

 法術を使わずに徒歩で向かえば、それなりの時間を要する。であれば、追いつける可能性もある。


 フェリユは先行するように、移動法術「星渡り」を駆使し、旧神殿都市跡に向かう。

 綺羅星の巫女と称えられるフェリユが全力の「星渡り」を使用すれば、並走できる者はいない。

 それでも、フェリユ麾下の戦巫女たちは全力で追う。

 先行するフェリユ。遅れて、法術の得意な上級戦巫女や上級巫女たちが続く。そして、他の者たちが遅れて後を追う。

 神殿都市から旧神殿都市跡にかけて、移動する人の影が長い列を作るように伸びていた。


 しかし、先頭を行くフェリユの隣りには、もうひとりの影があった。それも、男性の影が。

 地面と水平に、中に浮いたまま滑らかに前進するフェリユ。その肩に手を乗せ、フェリユと同期したように高速で移動する者は、大神官のレイだった。


 移動法術「星渡り」の特性として、術者に触れておき、術者と同じように地面から足を浮かせていれば、星渡りの恩恵を受けられる、というものがある。その特性を利用し、男性でありながら先頭を進むレイ。


 フェリユとレイは、誰よりも速く旧神殿都市跡まで辿り着く。

 そして、フェリユが息を整えている間に、レイは旧神殿都市跡を見渡した。


 前日の地下崩壊の影響で、旧神殿都市跡は酷い有様になっていた。

 広大な区画が深く陥没し、部分部分では地下構造の遺跡が地上に露出してしまっている。

 場所によっては未だに土煙が上がり、小さな崩落も続いている。

 この、荒れ果てた旧神殿都市跡の何処かに、マリアや特位戦巫女たちはいるはずだ。そして、獣の魔族と三人の長老巫女たちも。


「結局、長老巫女様たちには追いつけなかったね?」

「そうだな。となると、お三方は既に遺跡の中か」


 魔族の自爆魔法によって、地下構造部分が崩壊してしまった旧神殿都市跡。しかし、広大な敷地の全てが崩れ去ったわけではない。

 見つめる先の、遺跡の中心部分。現在は墓所として利用されている庭園とその周囲は、崩落していない。そもそも地下構造が存在しなかったからではあるが、同じように崩落を免れた区画はまだ多く残っている。

 そのどこかに、マリアたちはいるはずだ。

 では、いったい何処に。


「うーん」


 と眉根に皺を寄せて唸るフェリユ。

 フェリユの奇怪な行動にレイも眉根に皺を寄せる。


「フェリユ、何をしている?」

「あのね、世界の違和感を読み取ろうとしているんだ。昨日、マリアにやり方を教わったから」

「昨日の今日で、お前はそのような特別な能力をもう既に会得できたのか?」

「マリアの指導のおかげだよ」


 にこり、と笑うフェリユに「お前が天才なだけだ」と苦笑するレイ。


「それで。その世界の違和感でマリアや獣の魔族の気配は追えるか?」

「もうちょっと待っててね」


 見渡す限りの荒れた遺跡。崩れた場所も多く、視界だけでは全体を把握することは難しい。

 フェリユが真剣な表情で世界の違和感を探っている間に、後続の者たちが次々と到着してくる。


「レイ。わたくしたちはこれより、大法術「新月の陣」の準備に入ります」


 巫女たちと共に到着した礼祭殿巫女頭のアマティアが指示を出すと、崩壊した旧神殿都市跡の前で、巫女たちが大きな輪を作る。

 互いにを取り合い、深い瞑想状態に入る巫女たち。


「戦巫女たちは、大奏上に入る巫女たちの護衛を! いつ、獣の魔族が襲撃してくるかわかりませんよ!」


 旧神殿都市跡に姿を見せたという獣の魔族。巫女長のマリアや特位戦巫女、そしい特位巫女たちも、恐らくは先んじて旧神殿都市跡に入っているはずだ。

 しかし今現在において、マリアたちが獣の魔族と相対しているとは言い切れない。

 マリアたちでさえ獣の魔族を捉えきれていない場合、集結した巫女たちを襲い、大奏上を妨害する可能性もある。

 手を取り合い、大きな輪を作る百人を超える巫女たち。その巫女たちを護衛する戦巫女たち。誰の顔にも緊張が伺えた。


 アマティアは礼祭殿の巫女や応援として駆けつけた各所の巫女たちを取り纏め、大法術「新月の陣」の準備に入る。


 慌ただしく駆け回るそうした女性たちとは違い、フェリユの側に集まった者たちは静かに待機していた。

 外敵から神殿都市や人々を護るために戦う、戦巫女や神官戦士たち。フェリユ麾下の荒事専門の者たちが、戦巫女頭の動きを待つ。


 フェリユは深く心を鎮め、世界の違和感を広範囲で読み取っていく。

 風の流れ。気温の乱れ。大地に伝わる感触。雲の流れから澄み渡る空まで。

 普通とは違う、違和感が存在しないかと、自身を世界に溶け込ませるように心を鎮めて読み取っていく。

 足もとの遥か下。旧神殿都市跡の崩壊した地下機構よりも更に奥の地中。

 霊脈さえも読み取って、フェリユは世界を読み解く。


「……あっ!」


 微かに、違和感を感じ取った。

 しかし、この気配は……


「フェリユ、どうした? 何か感じたのか?」


 レイに問われ、フェリユは一瞬だけ感じた戸惑いを、心の奥の隅に追いやる。


「ううん、なんでもないよ。それよりも!」


 フェリユの視線は、崩壊した地下構造の更に先に向けられていた。


「見つけた!」


 世界の違和感。複数人の気配と、闇に潜む者の存在を。


「全員、急ぐよ!」


 号令を発し、フェリユが先陣を切って走り出す。

 これより先は、崩壊により瓦礫が至る所に散乱する荒地になる。地面と水平に直線移動する星渡りでは、瓦礫の山と化した大きな障害物は越えることも避けることもできない。

 走り、世界の違和感を読み取った場所に急行しなければならない。


「アマティア、あとは任せる」

「お任せくださいませ」


 レイも、フェリユを追って走り出す。

 法術を使わない、身体能力を使用した移動であれば、小柄なフェリユよりも成人男性のレイの方が上回る。

 あっという間にフェリユに並んだレイが問う。


「それで、何処に向かっている?」

「地下だよ! 昨日、崩れなかったもっと奥の方!」

「そこに、マリアや獣の魔族はいるのだな?」


 レイの言葉に、一瞬だけ言葉を途切らせるフェリユ。


「マリアは……。ううん、それよりも。急がないといけない!」


 なぜ、急がなければいけないのか。フェリユは口にしなかった。

 だが、崩壊した瓦礫の隙間を縫うように進み、大きく窪んだ旧神殿都市跡の先に見えた地下へ続く通路に入り、フェリユが示した場所へと辿り着いた時。

 全員が知る。


 神殿都市を覆う闇と、前代未聞の異常事態が現在進行形で今も進んでいたことを。


「マリア! それと、ニルヴィナ……院長先生?」


 まず最初に、全員の注目を受けた人物。それは、巫女長であり「聖女」であるマリア。

 次いで、マリアの隣に立つ壮年の女性に視線が移る。

 フェリユに、ニルヴィナと呼ばれた女性。


 マリアやフェリユ、そして多くの巫女たちが見習い時代にニルヴィナを見ていた。

 見習い巫女が必ず通うことになる法術院。その、先代の院長。類い稀な法術使いの巫女としてその名を馳せた女性だ。

 そのニルヴィナが、なぜ旧神殿都市跡の地下に? と、フェリユが問うよりも前に、レイが緊張の声を発した。


「巫女長マリア様、これはどういう状況ですか!?」


 レイの視線が示す先。

 フェリユの視界には、映っていなかった。

 いや、無意識に見ないようにしていた。

 だから、旧神殿都市跡の地下の奥に佇むマリアとニルヴィナだけを視界に入れていた。


 しかし、目を向けずとも現実は変わらない。


 マリアとニルヴィナ。二人の立つ足もとに、血の海を作って倒れた長老巫女マティアネスとセスティナ。

 そして。

 マリアの右手に握られた宝槍レザノールホルンの刃が血に赤く濡れていた。

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