星の示す道

 フェリユは走る。


 神殿都市上層部を抜け、中層部へと一気に駆け降りた。

 戦巫女たちも、表情を引き締めて追従する。

 まだ早朝ということもあり、一般の礼拝者の姿は殆どない。それでも、既に朝の聖務に就いていた巫女や神官たちが、すれ違ったフェリユたちのただならぬ雰囲気に驚き、何事か、と互いに顔を見合わせる。


「戦巫女頭様!」


 そう神官に声をかけられたのは、中層部の大神楽殿の横を通過し、大礼拝殿に向かう途中の大通りだった。

 フェリユは神官に呼ばれるまま、進路に調整を入れる。そして神官の先導で、大礼拝殿前の大広場へと出た。


「フェリユ、来たか」

「レイ、この人たちは?」


 大広場には、前日の魔族討伐作戦に参加した人数よりも多い巫女や神官たちが、既に集結していた。

 首を傾げる無フェリユに、レイが言う。


「旧神殿都市跡に獣の魔族の姿を捉えた、と連絡が入った。連日の作戦になるが、これより再び旧神殿都市跡に向かい、獣の魔族を討伐する」

「それって……」


 何処からもたらされた情報かとフェリユが問うと、レイはフェリユの瞳をじっと見つめたまま、硬い表情で情報の出所でどころを口にする。


「……マリアからだ。先ほど。お前がルアーダの邸宅へ向かった後に、先日から旧神殿都市跡の調査と監視を行っていた巫女が私のもとへ連絡を入れてきた。その巫女へ、マリアが情報を伝えたらしい」


 何故、現地で調査と監視していた巫女ではなく、神殿都市に帰ってきていたマリアが獣の魔族の動きを捉えたのか。レイは、その疑問を口にはしなかった。

 しかし、表情が物語っている。

 レイも、薄々と気付いているのだ。

 この、神殿都市の騒動の裏で何が起きているのか。何が起きようとしているのかを。


「フェリユ、少しこちらへ。お前の得た無情報と、私の得た情報を擦り合わせよう。ミネア様とネイティアたちも宜しいか?」


 レイに呼ばれ、長老巫女のミネアと、フェリユ以外の残り十一人の巫女頭が寄ってくる。


「レイ。他のマティアネス様とセスティナ様とミサレナ様は?」


 先日よりも多くの巫女や神官たちが、大広場には集結していた。

 見れば、ネイティアだけでなく、他の巫女頭も勢揃いしている。だというのに、長老巫女はミネアひとりしか姿が見えない。

 フェリユの疑問に、それを踏まえてだ、とレイは言って、関係者を集める。

 そして、周りから人払いをすると、今朝からの騒動を改めて全員に伝えた。


「既に承知されていると思うが。セドリアーヌ様が殺害された。犯行現場は、ご自宅の寝室になる。私とネイティアとフェリユは、現場に赴いてセドリアーヌ様のご遺体を確認した」


 数人の巫女頭が息を呑む。

 報告だけは受けているだろうが、大神官の口からこうして改めて聞かされると、衝撃は重くなる。


「ご遺体は、前に殺害されたアネア様やカトリーゼ様と同じく、左肩口から下腹部にかけて袈裟懸けに斬られていた」


 それが意味すること。

 大宝玉に傷をつけた獣の魔族は、四本の爪痕を遺した。しかし、長老巫女を三人も殺害した犯行者の凶刃は、一本のみ。

 つまり今現在、この神殿都市には、結界殿を襲撃した獣の魔族と長老巫女を殺害した犯行者が別々に存在するということだ。


「私とネイティアは今朝の事件を受け、巫女頭の方々に使者を送った。事件の報告と、身辺警護の更なる強化を伝えるために」


 しかし、とそこでレイは一同を見渡す。


「長老巫女のマティアス様とセスティナ様とミサレナ様は、既にご自宅にはいらっしゃらなかった」

「レイ、お三方はいったい何方どちらへ?」


 戸籍殿を司る巫女頭エミーナの質問に、レイは表情を固くする。


「お三方の邸宅へ夜明け前に使者が訪れたと、側仕えの巫女が証言している。そして、お三方はその後、慌てた様子で外出されて以降、消息を絶っている」


 護衛の者は? と聞く内政殿の巫女頭ナタリーに、レイは首を横に振って応える。


「長老巫女のお三方は共に護衛を拒否し、行き先も伝えずに外出したらしい」


 そんな! と短い悲鳴が巫女頭の間に起こる。


「私も、余りにも無警戒だと思ってしまう。だが、今はお三方の安易な行動を責めるよりも、こらからのことを考えるべきだ」


 マティアスとセスティナとミサレナが何処へ向かったのか。

 フェリユは、何となく気付いてしまう。

 三人のもとへ使者が訪れた、とレイは言った。ということは、三人を呼び出した者は、使者を送れるような立場にあるということになる。そして、三人が共に慌てて外出したという様子から、長老巫女という立場の人物を急かせることのできる者だと思われる。

 では、三人はいったい何処へ向かったというのか。

 それも、フェリユは薄々と気付いてた。

 三人は、旧神殿都市跡に行ったのではないか。

 だが、理由がわからない。

 何故、三人は護衛も付けずに外出したのか。せめて、行き先だけでも側仕えの巫女や護衛の者たちに伝えるべきではなかったのか。


 恐らく、レイも気付いているはずだ。

 だから、マティアスとセスティナとミサレナの行方は曖昧あいまいにしたまま、話を強引に進めようとしている。


「ともかく。今朝方の事件を踏まえ、私やネイティア、それにフェリユは動こうとしていた。そこへ、今度はこちらに新たな使者が訪れた」


 それは、ともう一度、全員を見渡すレイ。

 長老巫女である三人の姿はない。

 しかし、もうひとり。最も重要な人物の姿が、ここにはない。


 巫女長のマリアだ。


 それどころか、大広場を見渡すと、マリアの直属の部下である特位巫女や特位戦巫女たちの姿さえ見当たらない。


 いったい、彼女たちは何処にいるのか。


「セドリアーヌ様の邸宅で現場検証を行っていた私たちのもとへ、マリアからの使者が訪れた。そして、伝えてきた。旧神殿都市跡の崩壊した地下機構に、獣の魔族が現れた、と」

「そんな!」


 果たして、何人が疑問を浮かべただろうか。

 前日の、魔族の残党を討伐した作戦以降、現地の監視を担っていたのは、レイが指揮する者たちだった。だが、そのレイに旧神殿都市のことを知らせに現れたのは、何故かマリアの使者だ。


「それで、急遽ではあるがネイティアの指示で全員に集合を願った」


 実権を持たない大神官のレイが、権力を振るうわけにはいかない。守護と司法を司る巫女頭のネイティアが指示を出す形で、神殿都市の各所に伝令が飛んだ。


「これより、私たちは獣の魔族を討伐するため、全力で対処する」


 十二人の巫女頭を筆頭として、多くの戦巫女や神官戦士たちが大広場に集結している。それだけでなく、先日よりも大勢の巫女や神官たちも集まっていた。


「獣の魔族は、神殿都市上層の中でも特に厳重に警備が敷かれてあった結界殿に易々やすやすと侵入し、大宝玉に傷を残した強敵だ。恐らく、上位魔族以上の実力を持つと思われる」


 計り知れない実力を持つ魔族を相手に、戦力の出し惜しみなどはできない。

 旧神殿都市跡に獣の魔族が現れたというのなら、フェリユたちは最大の戦力で挑まなければならない。

 だが、その最大となる力、即ちマリアの姿がないことに、巫女頭たちに不安が広がる。


「マリアは……。巫女長様は、既に旧神殿都市跡へ向かっています」


 そこで発言したのは、フェリユだった。


「あたしは、先ほどまでルアーダ家の屋敷へ行っていました。そこで得た情報です。巫女長様は既に旧神殿都市跡へ向かっています」


 恐らく、特位巫女や特位戦巫女たちもマリアと共に旧神殿都市跡へ向かったのだろう。

 フェリユの言葉を受けて、この場に唯一、長老巫女として姿を見せたミネアが、巫女長マリアの代わりに方針を伝える。


「これより、大法術『流星宝冠りゅうせいほうかん』の大奏上だいそうじょうを執り行います」


 回復法術。呪縛法術。結界法術と、法術には様々な系統が存在する。その中で、攻撃法術に分類される、じゃはらう術。

 その、序列第二位に当たる最高位法術「流星宝冠」は、数十人から数百人規模の巫女が法力を同期させて起こす、大法術だ。

 巫女たちが手を取り合い、祝詞を唱和し、祈りを捧げる。

 そうして星々を導き、けがれを祓う。


「大奏上の儀式に参加する巫女は、東西南北の各大礼拝殿へ赴き、準備を進めます。神官たちには、一般の方々の先導と巫女たちの護衛を務めさせましょう。各巫女頭方にも、麾下きかの巫女や神官たちの協力を要請いたします」


 法術殿を司る巫女頭カイリが、残り十一人の巫女頭たちに人員の要請をする。


「戦巫女は、旧神殿都市跡へ向かいます。大法術の発動までには、大変な時間を要します。その間に、獣の魔族を発見し、彼の地に呪縛する現地の人員が必要になります」


 戦巫女頭フェリユの発言に、守護殿の巫女頭ネイティアが補足を入れる。


「神殿都市内の各施設の警備も必要ですが、まずは獣の魔族へ戦力を向けることが大切でしょう。巫女長様が既に向かわれていると思われますが、逃げられては元も子もありません。少数精鋭で遺跡内へ入りマリア様の補佐をする。残りの者たちは、旧神殿都市跡の外で、大呪縛法術「新月しんげつじん」を執り行いましょう」


 新月の陣も、大法術に分類される最高位の法術のひとつだ。

 新月に見立てた影を地上へ下ろし、邪悪なる存在を呪縛する。

 ネイティアの提案に、礼祭殿の巫女頭アマティアが名乗りをあげる。


「新月の陣は、わたくしが受け持ちましょう。現地での素早い奉納の準備は、わたくしども礼祭殿の者たちが慣れていますので」


 新月や満月の夜。または、季節ごとの祭事や祀事なでど手腕を振るうのが、礼祭殿の者たちだ。

 じっくりと時間を掛けて準備を進める大法術「流星宝冠」とは違い、獣の魔族を逃さぬために呪縛する「新月の陣」は、現地で素早く展開する必要がある。


「それでは、カイリの指揮のもとで流星宝冠の儀式を執り行い、アマティアは現地で新月の陣を担うように。各巫女頭たちは、手分けしてカイリとアマティアの補佐を担い、速やかな作戦決行となるように努めていただきます。そして、フェリユ」


 と、ミネアがフェリユを見つめた。


「貴女には、もっとも重要な役目を担っていただくことになりますが、覚悟は宜しいですね?」


 旧神殿都市跡で、マリアと共に獣の魔族と相対しなければならない。

 誰もが、ミネアの言葉をそう捉えた。

 しかし、フェリユだけには違う意味に聞こえてしまう。


 フェリユが報告しなかったことが、ひとつだけある。

 それは、ミレーユに言われた言葉だ。


 マリアは、聖女としての清算を済ませようとている。

 フェリユ自身にも、その言葉の真意は未だに理解できていない。

 しかし、獣の魔族と相対する以上の難題が、きっと旧神殿都市跡には待ち構えている。


 それでも、フェリユは前に進むと決めた。

 覚悟を決めて、今この場所に立っている。


「……はい。お任せください!」


 強く返事をしたフェリユに、ミネアは少しだけ表情を柔らかくして微笑んだ。

 まるで、困難に立ち向かう大切な孫娘を見送るように。


 現在の状況確認が済み、十二人の巫女頭の役割が決定した。

 だが、大神官レイの役割だけが未定だった。

 それもそのはずで、全員が暗黙の了解として、大神官は結界殿の警護に就く、と認識していた。

 だからこそ、レイが次に発した言葉に、ミネアや巫女頭だけでなく、フェリユも驚く。


「獣の魔族の討伐には、私も参加しましょう」

「レイ!?」


 何を言っているの? と聞き返してしまうフェリユ。

 レイは、大神官だ。戦場に身を置く立場ではない。

 しかし、レイは淀みなく言う。


「私も、ユラネトス家の者として神殿都市の危機を傍観しているわけにはいかない。もちろん、足手纏いになる気もない」


 レイの右手には、槍が握られていた。


「しかし、それでは結界殿の方は……?」


 困惑する巫女頭たちに、レイは「最もな意見だ」と頷きながら、付け加えた。


「結界殿には、既に妹のメナトリアを向かわせてある。まだ法術院に通う身ではあるが、メナトリアであれば私以上に上手く結界殿を守護できるだろう」


 フェリユと同じく、レイもまた、両親を先の大戦で亡くしている。その現在、聖四家のひとつであるユラネトス家の当主は、男性のレイではなく、妹のメナトリアが受け継いでいた。

 そして、聖四家の当主として、メナトリアは既に洗礼を受け、たぐまれな法力を宿していた。


「フェリユ、問題はあるまい? この難局には、おそらく私の力も必要となる」


 大神官レイの躊躇いのない言葉に、フェリユは頷いた。


「うん。お願い!」

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