動揺と覚悟
どうして、マリアはフェリユの伝心に応えてくれないのかわからない。
混乱するフェリユの肩を、レイが掴む。
「フェリユ、しっかりしなさい。現実を見るんだ」
「見ているよ!」
訳がわからず、混乱したフェリユは叫ぶ。
それを、レイが首を横に振って否定する。
「いいや、お前は現実から目を逸らして逃げているのだ。この耳飾りは、マリアの物だろう? お前の左耳に着けられている伝心玉の耳飾りと同じものだ」
「それは……!」
人が作った物だ。瓜二つの耳飾りがあったとしても、不思議じゃない!
「フェリユ。私は何もフェリユやマリアを責めているわけではない。事実確認をしたいだけだ。この耳飾りは、マリアの物だ。マリアは今、伝心玉を身につけていない。だから、フェリユの伝心にも応えられない」
「まだ、朝の支度中かもしれないじゃない!」
叫んだフェリユが、それだけは絶対にない、と確信してしまう。
マリアの朝は早い。朝日が昇る前には寝所を抜け行水を終わらせて、瞑想の時間を取る。そして、側仕えの巫女たちよりも早く台所に入り、全員分の朝食の準備に入る。
そのマリアが、まだ朝の支度を整えていないはずがない。
マリアのことを誰よりも知っているフェリユだからこそ、強く確信してしまう。
「フェリユ。私はこれがマリアの耳飾りだと思っている。では、聞こう。マリアは昨日、いつものようにこの耳飾りをつけていたか?」
「それは……」
早朝に、中層の大礼拝殿前の大広場に集ったフェリユたち。旧神殿都市跡の地下に集結した魔族に強襲を仕掛けるために、マリアも参加していた。
フェリユは、マリアや他の者たちと共に地下へと入り、魔族の残党を討伐した。
その時は、どうだっただろう?
マリアが絶えず傍にいたために、伝心玉を使用する機会はなかった。
では、その後。
結界殿が襲撃された時。この時も、終始マリアと共に行動していた。
だが、セドリアーヌを屋敷へ送り、戦巫女たちに警護強化の指示を出し、夕刻にまたセドリアーヌから呼び出しを受けるまで。フェリユはマリアと別行動を取っていた。
だが、マリアはその間、法力の暴走による体調不良から、自宅で療養していたはずだ。
しかし、その時もフェリユは伝心玉を使っていなかったため、マリアの左耳の耳飾りの所在は知らない。
「これが、数日前の忘れ物であれば良いが。しかし、マリアが伝心玉の耳飾りを紛失して、そのままにしておくだろうか?」
「こっそりと探していたかもしれないじゃない!」
「フェリユ。それをお前にさえ秘密にしてか?」
うっ、と息を詰まらせるフェリユ。
姉のような存在。マリアのことは何でも知っているし、隠し事などあるはずがない。マリアもまた、フェリユを気心の許せる妹のような存在として想い、裏表なく接していた。そのマリアが、自分に伝心玉の紛失を秘密にしていた?
いや、そもそも、この伝心玉がマリアの物だと決めつけているのはレイであり、自分は違うと思っているのだ。
フェリユの拒否感を感じ取り、レイはより険しく眉間に皺を刻む。
「フェリユ、もう一度言う。私はこの耳飾りがマリアの物だと思っている。では、なぜマリアは探さない? それとも、探す暇がなかったのか? だが、それは奇妙だと、貴重な伝心玉の所有者であるお前にならわかるだろう?」
伝心玉は、失われた技法により造られた、古代からの秘宝だ。
現存する数は少なく、聖四家の当主や地位の高い巫女頭などの特別な者しか所有していない。
だが、使用者が限定されているわけではない。
伝心玉に法力さえ流し込めば、誰もが声を送ることができる。
先日。神殿都市下層部の東部居住区に出現した魔族を追い詰めた際。別の場所で漆黒の魔物を討伐していたマリアが、法力の暴走により体調を崩した。
その時に、フェリユの伝心玉へ通信してきたのは、マリアと共に戦っていた戦巫女だ。
「法力さえあれば、伝心玉は使える。ならば、マリアが伝心玉を紛失した場合に真っ先に頼るのは、フェリユ、お前ではないか? お前の伝心玉を使い、マリアの紛失した伝心玉へ言葉を送る。そうすれば、拾った者、もしくは落ちている伝心玉の側に誰かがいれば、返信できる。そうすれば、紛失物をすぐに見つけられるのだから」
だが、マリアはフェリユを頼らなかった。
それは何故か?
「違う違う違う! これは、マリアの伝心玉なんかじゃないもん!」
感情的に叫ぶフェリユ。
レイの言っていることは全てが
マリアは伝心玉を紛失なんてしていない。たまたま、用事があって返信できなかっただけだ。
それとも、もしかしたら今朝も体調を崩して寝込んでいるのかもしれない。
そうだ! マリアではなく、ミレーユが寝込んでいて、看病に忙しいだけなんだ!
「マリアは違う……」
「何が違うと言うのだ?」
フェリユの口から零れ落ちた言葉を拾うレイ。
フェリユは自分の言葉の意味を答えられずに、息を乱す。
「フェリユ、昨日のことは覚えているな?」
何を、と聞かなくてもわかる。
フェリユとレイは、セドリアーヌに依頼されて、マリアの内偵を進めようとしていた。
「お前がマリアを心から信じているのなら、昨日の決意を実行に移しなさい」
「レイ!!」
それはつまり、今からマリアのもとへ赴き、セドリアーヌの寝室に落ちていた耳飾りがマリアの物でないか確かめろと言うことなのか。
マリアの物であった場合、なぜセドリアーヌの寝室に落としたのかを聞かなければならない。
いつ、何の目的でセドリアーヌの寝室を訪れたのか。
なぜ、紛失したことを隠していたのか。
そして、核心も聞くことになる。
セドリアーヌの殺害に関わっていないのか。
「マリアを信じているのなら、聞けるだろう? 昨日も言ったが、これはマリアを疑っている行動ではない。マリアを信じているからこそ、彼女の潔白を証明するための事実確認なのだ。わかるだろう、フェリユ?」
レイにそう言われてしまえば、フェリユに反論の余地はない。
フェリユはレイから耳飾りを受け取ると、立ち上がる。
何事か、とフェリユとレイのやり取りを見つめていたネイティアや他の者たちの視線を感じながら、フェリユは
これから、ルアーダ家の邸宅へ行く。
そして、マリアの耳飾りを確かめる。
マリアが左耳にいつもの耳飾りをつけていれば、それでお終い。しかし、耳飾りを着けていなければ……
自分は、マリアに問えるだろうか。
耳飾りのこと。セドリアーヌのこと。そして、隠し事がないかということを。
いや、聞かなければならない。
レイがフェリユに全てを託した。
それは、彼なりの優しさだ。
本当であれば、マリアに問いただす役目はレイでも良かった。
だが、レイがマリアに問う時は、私情を捨てた「大神官レイ」としてだろう。
レイにだって、人の心は在る。
いつも厳しいことをフェリユに言うが、それは嫌味でも悪意の言葉でもなく、フェリユを想っているからだ。
兄の立場として、フェリユを正しく導こうとしてくれている。だから、時に苦言を呈したり、甘えを許さないことがある。
だが、レイが「大神官」と言う立場で動いてしまったら。
その時はもう、私的な感情を整理し終えた、公的な立場の者としての振る舞いをするだろう。
容赦なくマリアを調べ上げる。
その前に、フェリユに
感情的になっている自分に、
それはつまり、フェリユの甘さを、まだレイが許容してくれているということだ。
だから、自分はレイの優しさに応えなければならない。
そうでなくては、レイを裏切ることになる。
そして何よりも、マリアを信じている、と言った自分の心が嘘ということになる。
フェリユは気持ちを切り替えると、セドリアーヌの邸宅を出て、ルアーダの屋敷へ向かう。
「ネイティア」
長椅子の下に落ちていた耳飾りをフェリユが握りしめて退出した姿を確認し、レイがネイティアに声を掛ける。
「昨日、貴女もセドリアーヌ様に呼ばれていたのだろう?」
「……はい。早朝からの報告をするために」
セドリアーヌは、レイとフェリユに会う前に、守護と司法を司る巫女頭ネイティアと面会していた。そうセドリアーヌ自身が口にしていた。
早朝からの、魔族の残党を討伐する作戦。そして、結界殿の襲撃。それと、アネアとカトリーゼの殺害痕と獣の魔獣の爪痕の違い。そうした報告を、ネイティアは長老巫女のセドリアーヌに
だが、とレイは確信していた。
レイとフェリユが二人だけで呼ばれて、マリアの内偵を密かに依頼されたように。
ネイティアもまた、セドリアーヌから個別に何かを依頼されたのではないか。
そして、それは。
「貴女は、私とフェリユの内偵を依頼されたのだな?」
「っ!」
一瞬、息を呑むネイティア。
それだけで、レイは承知する。
「この場で、私ははっきりと言っておこう。昨日、私とフェリユは、セドリアーヌ様にマリアの内偵を頼まれた」
「レイ様、それは……」
現場検証を行なっている巫女や神官たちの耳がある場所で、口にしても良い内容なのか。とネイティアが困惑する。
しかし、レイは構うことなく続ける。
「私はフェリユに、マリアを信じているのであれば、彼女の潔白を証明するためにマリアの内偵を進めるべきだ、と説得した。フェリユはそれに一応は納得し、私と二人で調査を進めることになった」
だが、とネイティアを見つめるレイ。
「それでも、私やフェリユでは必ず私情が入る、と第三者が考えるのは普通のことだろう? では、どうするのか。私でも考え得る。マリアの内偵をする私とフェリユの監視、及び内偵を、他の者に依頼するだろうと」
そして、その者とは。
守護と司法を司る巫女頭、ネイティアが最も相応しい。
ネイティアは、元々はマリアの部下であった。
三年前の戦乱後に巫女長となったマリアが、自分の代わりにネイティアを守護殿の巫女頭へ就けた。
だが、守護と司法の巫女頭というだけあり、ネイティアは身内だろうと、規律や伝統に則って正しく判定を下せる女性だ。
そのネイティアに、セドリアーヌはレイとフェリユの内偵を依頼したのだ。
もしも、レイとフェリユが私情に流されてマリアを
二人が内偵を進めるマリアに、もしも疑念の影が有るとするのなら。
その時は、司法の
「今の、私とフェリユのやり取りを見ていましたね?」
はい、と頷くネイティア。
「では、フェリユが
「感じております」
「フェリユが見つけた耳飾りが、マリアの物であるという可能性は?」
「……はい。マリア様の物と、私も想っております」
ネイティアは、何も悪いことなどしていない。
それだというのに、レイに質問され、返答する
レイは、視線が下がり始めたネイティアに、それでも躊躇わずに言葉を続けた。
「巫女頭ネイティア殿。大神官として、依頼したい」
レイの、私的な感情のない
レイはネイティアの瞳を真っ直ぐに見据えて、言った。
「もしも、の可能性を考慮し、司法殿の者たちの動員を。それと、出来うる限りの人員をマリアとフェリユに悟られないように手配してもらいたい」
「レイ様……っ!」
それはつまり。
ネイティアの震える唇からは、それ以上の声は漏れなかった。
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