第5話

 刹那、金属が擦れ合う異音がひびいた。源三郎が腰間から差料を鞘走らせ攻撃を迎え撃ったのだ。互いの身に刀身がふれた、かに思えたが苦痛のうめきをもらしたのは覆面の相手のみだった。

 切落し、一刀流の技でもって源三郎は攻撃を制しつつ一撃を与えたのだ。

 そんな源三郎の視界の端に近くの掘割を進んできた舟影が入る。どうやら、酒宴を終えた新田屋が店よりも近いところにある寮を一夜の宿とするために移動しているところに鉢合わせしたようだ。

 次の瞬間、源三郎は兼次郎に視線を送っている。兼次郎がこちらの意を汲み取って苦い顔をした。

 が、行動を滞らせればかえって厄介になることは目に見えている。

 電光石火、兼次郎は抱きとめた女性を抱きかかえるや掘割に向けて疾走した。同時に源三郎は印字打の技を使って鳥目を「うぬ、ようも」などと怒声をあげる覆面のひとりに向けて投げ打ったのだ。

 百姓の倅同士の遊びで鍛え上げた腕は今も健在で、見事に相手の目もとに鳥目が衝突する。

「こやつ」ととっさに何が投げられたのかわからず警戒する覆面衆を脇目に源三郎は地面をすべるように移動するや宙に身を躍らせた。

 一拍の間のあと着地、ひざを深く曲げて衝撃を殺し舟の転覆や落下を防ぐ。

「それ、先を急げ」

 船頭は目を白黒させるが、源三郎が抜き身を持っているのを認めたとたんに櫂を大慌てで動かした。


 掘割に駆け寄ったものの覆面の武士たちは二の足を踏んだ。下手に跳べば無防備な空中で斬り殺されるのは目に見えていた。

「なしうる限り、駆けて追いかけろ」

 宰領の男が手下に向かって下知をくだす。それに応じてひとり、ふたりと夜の闇へと消えていった。そこに、別の方角から足音が近づいてくる。音のほうを見やると同じような風体の集団が合流してきた。

「どうした?」「邪魔立てが入った」

 合流した側の宰領が女性を今まで追っていた側の宰領にたずねた。

「邪魔立て? いずかたの者だ」

「偶然行き合わせた者のようであった」

「さような者どもを相手に遅れを取ったのか」

 報告に対し叱責に近い口調で後者は応じる。

「あの女狐(めぎつね)め、なにくれと企んでおるようだ、“渡り”の者ではないのか」

「さような者には見えなんだ」

「だが、どのようなことがあろうと、我らはことをなし遂げねばならぬ」

「我らは先の戦いで面目を失った。その汚点をそそぐためにはこたびの仕事は成就させねばならぬ、それは承知しておる」

 宰領ふたりは真剣な、いや追いつめられた語調で言葉を交わし合った。

「どうも、元薬込の奴輩(やつばら)が動き出した気配がある」

「きゃつらか」

 合流した宰領のせりふに、元からその場にいた宰領が吐き捨てるようにつぶやく。声には相当の年月か出来事を経ないとこもりようのない憎悪がにじんだ。

「天下の趨勢はもはや定まっておる、場合によっては我らはあやつらに一味することも覚悟せねばならぬ」

「そこまで」

 できるか、といいかけて女性を追ってきた宰領は言葉を呑みこんだ。頭ではわかっているのだ、朋輩の主張が正しいと。

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