第3話

 仁志郎は源三郎にとってよくも悪くも特別な相手だ。

 岩松家に引き取られた源三郎を、兄も弟も温かく迎えてくれた。同じ母から生まれたかのように接してくれたのだ。

 しかし、父は後ろ暗さなどもあってよそよそしく、また周囲には源三郎の出自のことを嘲笑う者もいた。おかげで、岩松兄弟に対し源三郎はどこか遠慮するようになっていく。

 だが、そんな状況下で心を開くことのできた相手が仁志郎だったのだ。

 冥加金を収めているわけではない、純粋な意味での真の家臣である彼は岩松家の一員として源三郎にも誠心誠意仕えてくれたのだ。

 時に漏れる泣き言を黙って聞いてくれ、怪我をしようものなら誰よりも案じ、また間違ったことをすれば遠慮なく叱った。

「そなたにとっては拙者よりも仁志郎のやつが兄のようなものだの」

 あるとき、実の兄の義隆がふたりのありようをさして苦笑交じりに告げたこともある。

 もっとも、このころには卓越した剣技を持ち、なおかつまっすぐな心根、熱い心を持った実兄にも源三郎は心を寄せるようになっていた。ただ、それも仁志郎が性根が曲がらぬよう常に支えてくれていたからこそ、という側面は否定できない。


 したが、あの仁はあるとき兄上を殺めて欠落(かけおち)した――理由はわからない。

 所領の村に住まう同じ娘に心を寄せて取り合いになった末の凶行だという者もいた。

 あるいは、貧しい暮らし向きにうんざりしたのだ、という話も聞こえてきた。

 だが、なにひとつとして源三郎に納得のいく理由は見当たらなかった。

 生きるというのはそういうものだ――あの一件以来、源三郎はそういうふうに考えるようになっている。胸に収まらないような思いを抱えて歩いていく、そえが人の道なのだ。

「若、いかがなされました?」

 顔色を変えて動きを止めた源三郎に、兼次郎が怪訝な目を向けた。

「今日は幾枚、書が売れるか考えていた」

「若、卑しいことをもうされるな」

 表情を作っていたずらっぽく告げる源三郎に兼次郎が顔をしかめてみせる。この広い江都で偶然に行き会うことなどあるまい、他方で源次郎は胸のうちではおのれにそんなことをいい聞かせていた。

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