第21.5話 運命の剣士

 あれは人間の国コーライルがオレの放った流星の魔法で滅びてから一年が経った頃だった。

 その当時のオレは自分の持つ圧倒的な力や魔族に救世の邪神として担ぎ上げられていた事でとんでもない位イキリ散らかしていた。

 だって、そりゃそうだろ。

 日本では何でもない低所得の典型的弱者男性だったオレがこの異世界だと最強モテモテ、雑魚狩りし放題。

 望めばなんだって手に入るってそりゃ天狗になるに決まってる。

 

 オレは新世界の神。

 世の為魔族の為、そして暇潰しを兼ねて気ままに人間を滅ぼしまくっていた。

 それはそんなある日の事だった。

 

 プリエール中央大陸最北部に位置する、対魔族の最終防衛ラインとなっていた人間の国ペンドラゴン。

 このペンドラゴン攻略に向かった魔王軍の部隊が侵攻ルート上の小さな村に攻め入った際に全滅。

 部隊の立て直しに時間を要するとの報告がオレの耳に入ってきた。

 それもたった一人の人間の剣士相手に全滅したそうだ。

 たかが小さな村一つを守るために国攻めを進める魔王軍の大部隊相手に戦いを挑み、尚且つ勝利したという凄腕の剣士の話にオレは興味を惹かれた。 


 「そりゃオレが蹴散らすしかないっしょ」

 

 その時のオレは非常に軽いノリで敢えて護衛を付けずに単身その村へと向かう事にした。

 理由は単純、一人でその剣士を倒した方がカッコイイと思ったからだ。

 

 ▽ ▽ ▽


 サラーブという名のその村は神殿から飛んで行って数日の距離の場所にあった。

 オレは一先ず少し離れた空の上からその村を観察する。

 雪のチラつく天候の中、村人達はあちこちで焚火を焚きながら壊された家屋の修復やあちこちに転がる死体の処理等に勤しんでいた。

 

 「あらあら随分と無駄な事を、それよりも例の剣士はどこに?……お、多分あいつだな」


 例の剣士と思われるやつはすぐに見つかった。

 何故なら村の入り口に設けられたベンチに腰掛け焚火に当たりながら戦闘に備えて待機していたからだ。

 剣士の方も村へと近付いていくオレの存在に気が付いたのか一瞬だけこちらに視線を合わせた後、近くで作業していた村人達に声をかけ彼らを退避させていた。

 オレは村の入り口までゆっくりと飛んでいきその剣士を見下ろす位置で停止した。

 

 「……何の用だい魔族、死にたくないのなら失せな」

 

 北方系の白く透き通った肌に長く艶めく銀髪を後ろで一つに束ねた凛々くもどこかもの悲しい雰囲気を漂わせる女剣士は蒼い瞳を細めてオレを睨み、それだけを口にした。

 

 「そんな目してちゃせっかくの美人が台無しだぜ?一つ聞きたいがアンタってかなり腕の立つ剣士だったりする?」

 「それがどうした」

 「アンタがどれ位のもんなのか戦ってみたいと思って――」

 「――こんなもんだよ」

 「……えっ」


 オレがそう口にした瞬間に彼女は剣を抜いていた。

 そしてオレがそれを認識出来た瞬間にはオレの腹部は切り裂かれ傷口から大量の血と臓物が噴出していた。

 オレはこの一年あらゆる戦場に立ったがどんな武器でも魔法でも体に傷がつく事は無かった。

 そもそもそういうものだと思っていたのだ……そう、この時まではな。


 「嘘、だろ?」


 斬られた感触や痛みを一切感じない。

 しかし体外へ溢れ出る血肉と細胞がとしての当たり前の感性が死を直感させる。

 オレはこの世界にやって来てから一年でようやく初めて死の恐怖と絶望を経験した。

 

 ……そして、それがたまらなく【楽しい】と感じたのだ。

 

 一つ訂正しておこう、オレは既に人ではなかった。

 先程の人体に致命的な斬撃を食らっても尚オレは死ぬ事は無く、次の瞬間には傷が塞がり体は再生を始めていた。

 どうやらこの程度の傷じゃオレは死ねない様だ。


 「再生術か、しかも超高位のな……アンタ一体何者なんだい?」

 「巷じゃ邪神と呼ばれる存在さ」

 「邪神……魔族が動き出した理由はそれか……」


 剣士はそこで黙ってオレをまじまじと見つめてきた。

 いやいや、何か喋ろよ。

 ちょっと気まずいだろ。


 「おい?」

 「……悪いね私はを信じちゃいないのさ。私が信じているのはコレだけだから」

 「あん?なんだって?」

 「だって神なんて言う絶対者がいたのなら人も魔族も殺し合わずに今頃穏やかに暮らしてるはずだと思ってるからね」

 「チッ、それはお前のくだらない勝手な思想だ」

 「そうかい?だってさ創造神や七大天使だって所詮人間のエゴのみを叶え魔族との遺恨を遺して消えていったクソみてぇな奴らだよ」

 「……昔の事は知らん」

 「私が言いたいのは神なんてのは私らと大して変わらない傲慢で欲深いチャチな存在だと思うね。アンタもそいつらとやってる事は変わらないんじゃないのかい?」

 

 ……図星だ言い返せねぇ。

 血の纏わり付いた剣を眺めながらそう呟いた彼女の言葉は神とは何なのかをオレに深く考えさせた。

 確かにオレの元居た世界でも神様ってのは完璧で究極的な存在であるのにも関わらず、地上では争いや災害が頻発していた。

 第一オレ自身があの世界に幸せを感じられず不幸に生きていたから神様なんて信じちゃいなかった。 

 

 あぁそうか、もしかすると目の前の彼女も生き方は違えど昔の俺と同じ様な気持ちなのかもしれないのかもな。


 「――気に入ったぞ人間。だからチャンスをくれてやる」

 「はい?」

 「オレを全力で楽しませろ、そうすりゃこの村は人間保護地区として永遠に残しておいてやる」


 それは単なる気紛れの発言だが、そう提案したくなった理由は彼女の持つ強い意志と悲観に共鳴したからに違いない。

 

 「……それは随分と癇に障る言い方だが、良い提案だね」

 「だろ?」

 「ただ一つだけ言っておく。神を語る者よ楽に勝てると思うな。あんま人間無礼なめんなよ!――」


 ……オレと剣士はそこで三日三晩戦い続けた。

 まぁ一進一退の攻防では無かったがオレの放つ魔法は避けられまくるし剣士の攻撃はヒットしまくるからだ。

 そんな一方的な戦況が変わったの四日目の朝を迎える前だった。

 剣士が突如膝を突き地面に倒れ込んだ。

 流石の彼女と言えどオレの無尽蔵の魔力と回復力を前にスタミナが持たなかったのだ。

 対するオレも体中に付けられた傷の治りが三日前より明らかに鈍化し、その場から動く事が出来なくなっていた。

 オレの身体は相変わらず痛みも疲労感も感じる事は無かったが、不思議とこれまで一切経験する事の無かった心地よさと満足感を感じる事が出来た。 


 「引き分け、だな」

 「……そう、みたいね」

 「今更だが名前を聞いていいか?」

 「ははは、まだ名乗っていなかったね。私の名はリリア、ただのリリア……人より少しだけ剣の才能のあるしがない村娘だった者さ…アンタの名前は」

 「ヒロムート、そう呼ばれている」

 「そう。正直さこの三日間私は楽しかったよ。だってこんな全力をぶつけられるは初めてだったし」

 「酷い言われようだな。勿論俺も楽しかったさ、そこでだリリア聞いてくれ、一つ提案がある――」

 

 この時のリリアというたった一人の人間との出逢いがその後の人類の運命を変えた。

 それから半万年、世界滅亡のカウントが始まった時代に誕生した数千年に一度の天才シエスタとの出逢い。

 シエスタちゃん君にはかつて運命を変えた女の血が、そして君の握るその剣にはオレの血が流れている。

 これは単なる偶然かそれとも何かの導きなのだろうか?

 

 「シエスタちゃん……君は今後の全てを剣に捧げる覚悟はあるか?」


 オレは考えるよりも先に5000年前と同じ言葉を口走っていた。

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