第21話 二人の天才
プリエール中央大陸北の果ての人魔共生国家サラーブ帝国でオレが長い眠りから覚めた記念行事とやらに赴いた際、帝国第三皇女だった彼女が出席者の一人の強面の魔物を見て号泣していたのを目撃したのが最初の出会いだ。
それから数年経ったある日、第三皇女は他に類を見ない程の天才剣士に成長していたという話を神殿に貢物を持ってきたサラーブ帝国大神官から聞いた。
あの泣き虫だった少女がどれほどの腕前の持ち主になったのか少し興味が湧いたので久しぶりに会ってみる事にしたのだ。
サラーブ帝国は人魔共生を掲げる国家だ。
邪神のオレを主神の一柱として厚く信仰している事もあり、皇族の暮らす居城には顔パスで入る事が出来た。
オレは城内を十分程歩き、彼女を見つけた。
シエスタちゃんは誰もいない中庭で一人、可憐な容姿の彼女は豪華そうなドレスを着たまま華麗に剣を振るっていた。
舞い踊るような動作でありながら隙を感じさせないキレのある剣捌き、時に流れる水の様に滑らかに、時に迅雷の如く素早く、時に荒々しく燃える焔の様に激しい動き。
一朝一夕で身に付くものではない完璧な動作にオレは思わず見惚れてしまう。
彼女の剣舞はただただ凄いと感じた。
こんな感覚は何千年ぶりだろうか。
「……あんた誰?」
おっと、いかんいかんボーっとしてた。
「やぁお嬢ちゃん、いい剣舞だったね」
「そう、で?貴方有翼人?城では見かけない顔の様だけど」
ふむ流石にオレの事は覚えてないようだな。
「いや、こー見えて一応オレ神なんだけど」
「……あ、例の私に逢いたいっていう。で何か用?」
そうそう初めて会話した時の印象は最悪だったな。
彼女はこの世の全てを見下しているような目でオレを見つめる。
口調は幼い少女とは思えぬ程に達観し大人びていた。
いや、少し違うか?
彼女は既に自分が周囲よりも圧倒的な強者で遥か高みにいる存在である事に気が付き、そのステージに立つ事に飽いていたのだ。
それが五千年前、正にこの場所に立っていたオレ自身の事を想起させる。
「可愛げのねぇガキだな……ってか、その剣」
シエスタちゃんが腰に差していた長剣。
オレはこの剣に見覚えがあった。
「剣姫リリアの剣がどうかしたの?……これはレプリカだけどね」
なるほど、どうりで見覚えがある訳だ。
「懐かしいなぁリリアか、オレに初めて傷を付けた女の名前だ……ぷぷっしかしあの
「はぁ?傷付けられたって何言ってんの、剣姫リリアは五千年前の人だけど」
「おいお前、オレを神って本当に信じてないな?」
「当たり前でしょ?貴方神様にしてはフランク過ぎるし……ちょっと隙だらけじゃないの」
そう言ったシエスタちゃんは一瞬で抜刀し、抜いた剣をオレの喉元に突き立てた。
……ほう、この抜剣からの一連の動きは思っていた以上に俊敏で一切無駄が無い。
剣舞を見て分かっていたが、どうやら彼女の才能は本物のようだ。
まぁでもこの剣よく見ると訓練用の模造刀だな、流石に温室育ちの姫様に真剣は渡さないか。
「ははは、ガキらしい安い挑発だな。しかし本当にシエスタちゃん、君は本当に若い頃のオレに似ている」
「貴方と私が似ている?一体どこが」
「イキリ方かな?」
「貴方、ふざけてるの?」
「いやいや至って真面目なんだが、オレはかつてシエスタちゃんと同じで自分が最強だと疑わずにいたんだがな……その慢心の結果、丁度この場所で内臓が飛び出る位の斬撃を体に受けて死にそうになったんだよな」
「……剣姫リリアにやられたとでも言うのかしら?」
「まぁね、それより剣下ろしてくんないかな?そのまんまだとおじさん話し辛いぜ?」
「チッ、興冷めね。せっかく楽しい遊び相手が来たと思ってたのに」
シエスタちゃんはこちらに完全に戦う意思が無い事を察し、少し不満げに剣を鞘に納めた。
「遊びか、確かにその通りだな。実際の所、君は圧倒的に実戦経験が足りてないだろ?」
「実戦ってそりゃそうでしょ、私は戦いと無縁の可愛い可愛い皇女様でしょ?だから剣なんて護身術程度で本気で学ばそうとする大人なんていやしないのよ……」
シエスタちゃんのその言葉には己の運命に対する悲観と諦め、そして彼女の内に秘めた剣に対する並々ならぬ熱意を感じさせる。
何故だか分からんがオレはそこで5000年前の天才剣士リリアの事を思い出していた。
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