第13話 開幕のメテオール

 残念な事に天使の眼を持つ男、ゲンジの推察は概ね当たっていた。

 私欲に塗れ、驕った哀れな人間達による魔物への小さな脅しはこの世で最も気分を害してはならない存在に対し、非常にほんの小さなイラつきを買ってしまったのだから。


 「……なんだあいつら、あのゲンジってやたらビビッてたやつ以外は魔物になんてまるで興味ありませんみたいな冷めたツラと態度を取りやがって。ケッ、何たら協商国だのそんなもんさっさと

 「ええ私も全く同意見ですわ邪神様」

 「あー最長老もそう思ってたんだ」


 そりゃまぁね。

 あんな明らかに格下を見るような舐めた態度取られたら同じ気持ちになりますわな。


 「だったらいっそ宣戦布告といこうではありませんこと?」

 「……は?最長老?ワッツ?」

 「冗談ですよ?ほほほ」


 いやいや、目が笑ってないんだけど


 「それでは私は取り急ぎ大魔王様にヒロムート様を大変ご不快にさせた会談であったと、ご報告を行いますわ」

 「あのーちょっとーミュスカさん?」


 ミュスカを呼び止めようとしたその時に彼女はもうその場にはいなかった。

 まずいまずいまずい、コイツぁまずいよ。

 オレの独り言で事態がとんでもない方向に行ってしまう……。

 

 「ル、ルリエラぁ、なぁどうしようか」

 

 オレは会話なんてそっちのけで窓から屋敷の外を眺めて佇んでいたルリエラに助けを求める。


 「……ええ……確かにこれはマズイ」

 「なっ!そう思うだろ?」


 ルリエラはそれ以上何も言わなかった。

 心ここにあらずという感じで窓の外の景色に釘付けになっていた。

 

 「ん、ルリエラ……お前何見てんの?……っておい!なんだこりゃ!」

 

 オレはルリエラの横に立ち彼女の眺めていた景色を視界に入れた瞬間、言葉を失ってしまった。

 窓の外には穏やかな昼空に似つかない何百、いや何千という空を埋め尽くす数多の光の軌跡が地表の一点へと収束しながら降り注いでいた。

 あれは恐らく流星だ、真昼間だというのにハッキリと観測できるほど明るい昼間流星群。

 

 ……いや違うか、多分あの流星は昼間でも目視出来る程のごくごく近距離に落ちてきているんだ!

 

 ▽ ▽ ▽


 同時刻コーライル協商国。

 昼の空に煌めく数多の流星群、その全ての終着点はこの国であった。


 「よいかッ!魔術部隊には国民の避難壕への退避完了まで絶対防御結界ガード・オブ・アイギスを維持せよと言明しておけ!」


 上空から聞こえる硬質な物体の衝突する鈍い重低音、その後に続く激しい爆発音と地響きにも負けない大声でこの国の執政デリア・ペテルは政務室に集まっていた数人の部下達に激しく怒鳴りつけていた。


 「は、はい、既に魔法部隊は総出で最終防御術式セントラルイデアにて魔力を注入、現在全力で結界の維持に努めております……」


 胸元にいくつも勲章が装着されたローブに身を包んだ老魔術師の男が額に汗を浮かべ、震える声で言葉を返した。


 「魔法部隊大将ともあろうものが情けない……クソが、これは一体何なのだ」

 「それについても現在解析中でして……天体現象であるのか何者かによる攻撃なのか……」

 

 耄碌ジジイが、これが天体現象だと?そんな訳があるか。


 「もうよいわ!どうせ結界も、もう持たぬのであろう?さっさと壕へ案内せんか」

 「はっ!それではどうぞこちらへ」


 ペテルが老魔術師から目線を外し隣に立つ甲冑纏った男に向かって声をかけたその時――。

 パリンッとガラスが勢いよく割れた時の様な甲高い音が空から地上に向かって響き渡った。


 「……結界が破られた」


 ペテルがそう呟いた数秒後、火を纏った流星の雨がコーライルの街に降り注いだ。

 建物は火と爆発で完膚無きにまで破壊される。

 流星激突の衝撃は凄まじく、スコップで掘った程度の地下壕あなぐらでは避難した所で全くの無駄であった。

 国中で起こる爆発とそれによって生じる熱波の前に人々は泣き叫ぶ間もなく灰燼に帰した、コーライルはさながら地獄と化していた。


 ▽ ▽ ▽

 

 かつて人類を魔の手から救ったとされる七大天使の一柱、アイギスより授かったとされる人類の自衛術式絶対防御結界ガード・オブ・アイギス

 その術式は簡素でありながら強力。

 設置した術式に対し定期的に魔力を注入するだけで指定範囲に強固な結界を形成、人に害を為すと判断されるものを自動的に検知、遮断し触れただけでもダメージを与える。

 通常百人程度の魔法使いが交代で守護するその結界を力で破ろうとするならば、およそその十倍の兵力が必要とされ、おいそれと破壊できるものではない。

 魔物を恐れずに暮らせるようになった人類の繁栄と栄華を支える偉大な魔法であり、魔物にとっては対人類への反攻作戦最大の障害となっている魔法である。


 「――まぁそんな大魔法がたった一人の力で破られたなんていう大事をオレが引き起こしたのを知ったのはそれから暫く経ってからのことなんだけどな」


 そりゃそうさ。

 は自分が神に等しい力を持った邪神になっただなんて微塵も信じちゃいなかったからな。

 ――五千年前、この地で僅か数日過ごしただけだったオレではそれも当然か。

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