第12話 天使の眼
▽ ▽ ▽
こうして人間の国コーライルの使節一行はサキュバスの集落ルクスリアから逃げる様にして立ち去っていった。
「……ゲンジ様、少しよろしいですか?」
ルイスはルクスリアを抜け、しばらく歩いた所で少し不安そうな表情でゲンジに問いかけた。
「別にかまわないぞ」
「いやなに、やはり先程の対応の事がどうにも気になりましてな、あの時あの少年と会話した際、まるで何かを恐れているようなご様子……一体どうなされたのですか?」
「リーダー、オレ達にも聞かせてはくれないか?オッサンの言う通り、さっきの態度は大分おかしかったぜ?」
大剣を担いだ大男もルイスに続くように声を上げる。
「そうだな、確かに皆に説明しなければいけなかったな。ここまでくれば見張りの目も無いだろう……それじゃ、各自適当に座ってくれ」
「了解しました」「ああ」「はい」
一行はゲンジの言葉に従い帰路への歩みを一旦止めてその場に腰を下ろした。
「一応先に言っておくがオレはあの時、別に狂った訳でも幻術にかけられている訳でもないぞ……ただ途轍もなく不吉でどうしようもない圧倒的な絶望ってやつが見えてしまっていたんだ……必然的にあの対応にならざるを得ない程の絶望がな」
「ふむ、圧倒的な絶望ですか。それはゲンジ様の
ゲンジはルイスの言葉に唾を飲み込んでから軽く頷いた。
「リーダーの眼に見えるものってLevelでしょ?それはちょっと大げさっていうか所詮は辺境の魔物、あんなに焦る必要があるとは思えないんだけど」
ローブを纏った女は未だ納得のいかない表情でゲンジの方を見た。
彼女はそれだけ自身の力、そしてそれ以上に仲間達の力に絶対の自信があったからだ。
「ははは認識出来ないというのは恐ろしいものだな。確かに本来であればシャーリーの言う通り、小物相手の楽な仕事の筈だった」
乾いた笑いを浮かべ、そう語るゲンジの視界にはローブの少女シャーリーの頭上に46Levelという文字が、そして大剣の男の頭上に52Levelの文字がハッキリと浮かんで見えていた。
「でしょ?それがなんで?」
「まぁ聞けよ。サキュバスの最長老だっけか?あいつのLevelは50だった、正直その程度であれば俺一人でもどうとでもなる程度の魔物……だが問題だったのはその取り巻きの方だ」
「取り巻き?というと最長老の隣にズラッと座ってたエルフの女とロリっ子、そしてあの羽の生えたガキ位だぜ?リーダーは本当にあんなやつらが問題だって言うのか?」
大男はわざとらしく両手を上げ首を傾げた。
「ジキル、いい事を教えてやる。お前が馬鹿にしているエルフのデカい女が62Level、そしてあのロリっ子が72Levelだった。クソッタレがよ」
その発表はこの場に介する一同に途轍もない衝撃を与える。
「は?……なんだって、リーダーそれマジで言ってんのか?62って言ったら確か魔王軍の幹部とかそういう次元の魔物だった筈だぜ?」
「そんなやつがこんな所に?あり得ないんですけど!」「なっ、なんと……」
「オレも最初は自分の眼を疑ったさ、しかし集落で出くわした他のサキュバス、森の中の魔物、そして何より今もオレの眼に映し出されるお前達のLevel……残念だが、その全てが正常、至って正常。一分も狂っちゃいないのさ」
そしてゲンジは自身に積もる苛立ちを込めて後方に生えた樹に前を向いたまま思いきり拳を叩きつけた。
「62ってなると私達全員でかかってようやく何とかなるレベルでしょ?72はちょっと……そんな化物がこんな辺鄙な所にいるなんて」
「そう、本来ならあり得ない、そしてその中でも一番あり得ない存在、異質中の異質、直角に落ちる滝を上る鯉のような存在……それがあの少年だった」
「少年って、リーダーがやけに焦っていたあの子?」
「おいおいリーダー、もしかして72より上って言うんじゃあるまいよな?」
「……ゲンジ様、お答えになられて下さい、彼の少年のLevelを」
――その瞬間、突如森の中に風が吹き荒び枝が激しく揺れ動き、葉が舞い散り大きな音を出す。
ゲンジは周囲が静かになるのを待ってから小さな声で話し始めた。
「測定不能……オレの眼にはヤツのLevelがそう映し出された。まさか19年の人生で
「測定不能ってどゆこと?」
「言葉の通りだろ。ってかあり得んのかよソレ!」
「……おぉ……何と言う事だ」
測定不能。
その言葉の後の空気は非常に重く、この場にいる者達全員が一様に黙り込む事しか出来なくなっていた。
「これで分かったろ。もしもあそこで軽率な態度を取っていたのならば飛ぶぞ、無論オレ達の首なんかじゃない、国そのものがな……」
ゲンジはそれだけ告げると先陣を切って歩き出した。
(こうなってしまった以上、馬鹿どもの小銭稼ぎなんかに付き合っている場合ではない、一刻も早くこの事実を国に伝えて対策を練るべきだ)
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