第10話 謀略と計略

 「いや、なに簡単な事ですよ」

 「簡単な事?」

 「人間達がしょうもない恫喝に来るのであれば、彼らが凍り付く程の冷や水をかけてあげればよろしい。こちらは誉れ高き邪神様の天顔を矮小なる人間どもに刮目させるのです」

 「……は?」


 最長老は至って真面目な顔でそう言いのけた。


 「いやいや、それって何か意味はあるのか?」


 だってさ、つい先日にも人間に襲われた知名度の低いマイナー邪神様ですぜ?

 そんな奴が出張って何になるというのか。


 「会話の最中、恐れながら口を挟ませて頂きますわ最長老様。それは余りに安直で危険ではありませんこと?」

 

 そうだぞ、もっと言ってやれミュスカ。


 「ミュスカに同意だな。そもそも人間がオレなんかを見ても何の解決になるのやら……ハッキリ言って無意味だと思うのだが?」

 「いえ、意味はあります。奴らは退きますよ……確実にね」

 「確実とはねぇ」


 ふむ、そこまで言い切るとは。

 最長老には確信めいた何かがあるのだろうか?

 その自信の根拠は何なのか少しだけ気になってきたぞ。


 「いいえ!それでも!邪神様の降臨を知られるのは我等が魔族にとっての重大事案ですわ。大変申し上げにくい事ですが、その様な事案を一集落の長が勝手に決めてよい事ではないと存じますわ」

 「まぁまぁミュスカ落ち着けって、一つ聞いていいか?最長老」

 「勿論ですよ。どうぞ、なんなりと」

 「その、オレがいればこれからやってくる人間達は退く。それはアンタの単なるそれとも

 「無論、後者です」


 考える素振りも無い、即答ときたか。


 「そうかい。それならオレはアンタの案に乗ってみるよ」

 

 ……まぁアレだ。

 ただそこにいるだけで誰かの助けになれるなんて32年の人生で起きた事の無い出来事だし、やってみてもいいんじゃないかな。

 

 「本当によいのですか?ヒロムート様」


 ミュスカはオレとの背丈を合わせる様に少ししゃがみ、心配そうに問いかけてきた。


 「大丈夫だって、危険が無いなら別にいいよオレは」

 「エルフのお客人が心配なさるのも無理はない。しかし切り札とは隠す事がいつも正しいとは限らないのです」

 『我が主、お話の途中で申し訳ございませんが、あと720秒でこちらに招かれざる客の到着が予想されます。ご準備を』


 うお!びっくりした。

 さっきまで部屋の隅で石像のように固まったままピクリとも動かなかったメイドの二人が突然喋り出しやがったんだもの。


 「そう。それでは皆様、私の隣への移動をお願い致します……向かい合せのままではマズイでしょ?」

 「あ、確かにそうだな」


 オレ達は最長老の言葉に従い、彼女の隣に用意されていた席へと向かった。


 ――席に着いてから10分程が経過した頃だろうか、部屋の外からコツコツと扉をノックする音が聞こえてきた。


 マジかよ、あのメイドらの言った時間ピッタリに来客とはな。


 「どうぞ、お入りください」


 最長老の一言の後、ドアノブをガチャリと捻る音と共に扉が開かれ、四人の人間がゆっくりと部屋の中へと入ってきた。

 全員が部屋に収まると一番最初に入室した長く整えられたカイゼル髭を持った貴族風の装いの男がこちらに向かって深く頭を下げた。

 

 「本日は突然のご訪問で申し訳ない。私はコーライルの特命使節、ルイスと申します……ルクスリアの最長老殿、まずはこの書状をお受け取り頂きたい」

 「……アンラ、マンユ」

 『では、お預かり致します』


 メイド達がルイスと名乗った使節から書状を受け取り、最長老の下へと届ける。


 「では失礼して、ふむふむ」


 最長老は封を開きその場で書状に目を通し始めた。


 んーしかしこいつら、ハッキリ言って使節というには統一感の無い場違いな連中達だな。

 ルイスと名乗ったこのオッサンはTHE中世の役人っていう見た目で使節と言われて違和感は無いが問題はその奥に控えた他の連中達だ。

 大剣を担ぐ傷だらけのマッチョな大男に黒いローブを纏って杖を持った若い女。

 そしてもう一人、青いシャツに灰色のズボンだけの他の連中と比べて随分とラフで現代的な格好をしたツンツンした髪型の茶髪のシャバ僧。

 

 パッと見た感じ、やっぱり特にあのシャバ僧が気になる。

 見た目もそうだが、あいつだけは明らかにこちら側を見る目が違っている気がする。

 何というか腹でも痛いのかと思う程に顔色が悪く緊張して強張っているのが見受けられる。

 逆に他の連中の態度は鼻につく程に余裕綽々、この態度の違いは何なのか。

 

 「さて、内容は御理解頂きましたかな?これは互いにとっても好ましくない事案……我が国としましてもルクスリアとはお隣様です、長年に渡る友好関係を崩したくはない。我が国の執政もそちらの適切で心よりの謝意と弁済さえあれば此度の件、大事にはしないと仰られておりますぞ」

 

 テメェらが仕組んだ事なのに調子の良い事をズケズケと……こいつの言葉を聞くだけで腹が立ってきた。


 「……謝罪ですか、それを行うのは寧ろあなた方達の方では?」


 マジかよ。

 意外とガツンと行くのな、最長老。

 最長老の一言でウザったい営業スマイルを浮かべていたルイスの顔から分かり易く笑みが消えた。


 「何だと?」

 「そもそもこの書状には何処で誰がどのようにして殺されたのかが曖昧で詳しく記載されていませんし、そもそもこれを私達がやったのかそれを裏付ける証拠すらも無いではありませんか」

 「……うっ、だがな死亡した内の一人は胸部を抉る様に貫かれていた……こんな芸当人間ではそう簡単に出来ぬまい、貴様ら魔族がやったに違いないだろ!」


 ルイスは言葉に詰まりながらも何とか反論する。

 苦し紛れの反論だがルイスさん……それ、正解。


 「あぁ、それってもしやサキュバス狩りのカトゥラですか?サキュバスの里でも有名な【連続誘拐犯】ですよね?確かに彼は犯行中の所を返り討ちにあったようですね。それで?まさかと思いますがあなた方の国ではこの様な犯罪者の事を善良な市民と申す御つもりで?」

 「犯行中だと?何を藪から棒に、それこそ証拠がないではないか」

 「善良な市民が用もなくサキュバスの里に来るとお思いで?まぁいいでしょうアンラ、マンユ例の物を……」

 『承知致しました』

 

 最長老はメイドの二人に何かを取りに行かせたようだ。

 それから一分経たない位の時間でメイド達が戻ってきた。

 メイド達の手には文様の入った弓と矢が握られていた。


 「こ、これは」

 「これはおたくの国の質が良くて有名なベール武具店の弓ではありませんか?それにこっちは対魔用麻痺毒の塗られた矢です。まだとぼけるおつもりですか?それでも尚疑うというのならいっそ鑑定魔法でも使ってみます?」


 間違いない、これは昨日オレ達と戦ったあいつらが捨てていった武器だ。

 最長老はこうなる展開を先読みしてこれらを回収したというのか。

 大したタマだな、この人。

 

 「くっ、だ、だが他の連中、こいつらは?こいつらは確かコーライル近辺で死んでいる。だ、だからサキュバス狩りには行ってない筈だ!」

 「だからなに?先程から貴方の語る言葉は全てが曖昧、確たる証拠も無し……そもそもこんな杜撰でお粗末な内容ので頭を垂れ大切な同胞を差し出すなど、言語道断、抗拒不承」


 最長老はそこで手に持っていた書状をクシャクシャに丸めてルイスの方へと投げ返した。

 おいおい、流石にそれは煽り過ぎじゃ?

 その瞬間ルイスの眼が血走り、顔はタコの様に赤くなって物凄い剣幕でこちらに詰め寄った。


 「なっ、き、貴様ァ!黙って聞いておれば、たかだか魔物の分際でッ!――」

 「やめろ!ルイス!」


 怒り狂ったルイスを引き留めたのはなんと、あの顔色の悪いシャバ僧であった。


 

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