第8話 迫る危機

 「絶賛逃走中のあいつらは放置でいいのか」

 「……臆病者には興味が無い……それよりまずは私の家まで案内する」


 なんだそのかっこいいセリフは。


 「家?ルリエラの家がこの近くにあるのか?」

 「……」


 ルリエラはオレの質問に回答せず再び宙へと浮き上がっていく。

 ……黙って着いて来いってか。


 ロクに食事を摂らずにここまで飛んできたんだ、家に着いたら飯にありつける事位は期待しとくぞ。


 「……ここ」

 「おおう、これはまた」


 20分程歩いただろうか?

 オレの視界の先には鬱蒼と茂った森に隠れる様にして佇む非常に質素な木で出来た小屋が見えてきた。

 これがルリエラの家か、何というか寡黙な彼女ぽっさをこの家からも感じ取れる気がする。


 「……入って」

 「それじゃ、お邪魔するぞ」


 ルリエラに促されオレは彼女の家に足を踏み入れた。

 何だこりゃ!埃ぽくって、あちらこちらに蜘蛛の巣が張り巡らされてる。

 ……これは大分長い間放置されていた家みたいだな。


 「……食べ物は多分戸棚にあると思うから適当に食べて。私は寝る」

 「多分って、ルリエラは食わないのか?」

 「私はサキュバスだから」

 「あぁ、そういや、そうだったな」


 そう言ってルリエラは埃まみれのベッドに上がりそのまま横になった。


 「寝るの早!……しかし、戸棚といわれてもなぁ」


 戸棚にあったのは埃とカビまみれの謎の物体が数個……いやいや流石にこれは食えない。


 「しょうがない、オレも寝るか」


 サキュバスの美少女と一つ屋根の下、当然何も起きる筈も……ないよね。

 一日飛び回って疲れたオレは床の上にそのまま寝転がって深い眠りに落ちていった。


 ▽ ▽ ▽


 サキュバスの集落ルクスリアより南東20キロ程先にある人間の国コーライル協商国。

 人口は約5万人程度の小さな都市国家であるが、魔大陸と人間界との境界にある立地を活かした中継貿易で大きな利益を上げていた。

 同国最大のは奴隷であり、国中至る所で見かける程の奴隷商店の多さから一部の者からはコーライル奴隷市場という呼ばれ方をする事もあるようだ。


 そんなグレーな商売で稼いでいるこの国の執政デリア・ペテルは早朝、政務室での職務を遂行中に信じがたい一報を受けた。

 

 「サキュバス狩りのカトゥラが殺された?それは真か?誤情報ではあるまいな?」

 「私も最初は耳を疑いましたが、カトゥラ直属の部下全員が若年のサキュバスによってヤツが殺されたと供述をしておるのです……疑いの余地は無いかと思われます」


 カトゥラは商品価値、捕獲難度共に非常に高いサキュバスを協商国へと秘密裏に納品する代わりにある程度の犯罪行為を見逃すという契約を交わした、国家専属奴隷商人の一人であった。

 そんな彼の死亡とは、つまりサキュバスの奴隷供給が滞る事を意味しており、協商国にとっては莫大な損害が発生する大事に繋がる。


 「……ううむ、ヤツの部下全員がか。まさかカトゥラ程の男がしくじるとはな」


 椅子に深く座り直したペテルは自身の丸々と肥えた体の腹肉を摘まみながらその場で考え始める。

 彼は未だ納得のいかぬ表情を浮かべながらも、起きてしまった事実に粛々と対応する為に頭を切り替える。

 

 しばらくして次の一手を導き出したペテルは、机に山積みされた羊皮紙を一枚手に取りペンを走らせる。


 「ペテル様?」

 「ヤツが殺された相手が本当にサキュバスであるなら、その事実を交渉に利用する他無いだろう」


 その場でササッと書き上げた書類に判を押したペテルはそれを部下へと手渡した。

 書類にはたまたま森に出掛けた市民がサキュバスに惨殺されたという内容とルクスリアに対しての損害賠償の請求が交渉に従わなければ兵を送るという脅し付きで書かれていた。

 

 「流石はペテル様、この筋書きならば合法的にサキュバスの奴隷を数十匹は確保出来るやもしれませんな?」

 「軍事力で勝てぬ以上、ルクスリアは不服だとしても要求に従わざるを得ないだろう」

 「ですな、こちらはあくまでを殺されている訳ですし」

 

 というのもコーライル協商国は表向き、奴隷商人とは完全に無関係というスタンスを取っているため密猟者を市民と勘違いしてもおかしくないという勝手な言い分があるためだ。


 「虐殺事件の証拠としてカトゥラの部下達で死体を作っておけ」

 

 これは国に損害を与えた奴隷商人への見せしめという意味も含んでいた。


 「……承知致しました」

 「それと念の為、リントエール帝国にも書簡を送る。帝国としても近隣地域で45Levelの人間が殺されたとあれば放置できぬまい」

 「なるほど、帝国に危険な魔物の処理をやってもらう訳ですな」

 「奴らの国の腐った貴族共は我が国のお得意様だ。ましてやサキュバスの事ともなれば彼らは喜んで行動に移すだろう」


 嘘と誠を巧みに交えて、損失を利益に変える。

 転んでもタダでは起きぬペテルの手腕は実に醜い人間らしい姑息で卑怯なものであった。


 ▽ ▽ ▽


 「――以上の内容が密猟者を追跡した先のコーライルで私が手に入れた情報ですわ」


 ミュスカからその報告を受けたのはオレがルリエラの家で一泊して朝食をどうするか悩んでいた最中であった。


 「ミュスカ……今までどこに行ってたかと思ったら、お前そんな事を」

 

 彼女が昨晩の一件の後、密猟者を追跡したという事は実は昨日もオレ達の近くに気配を悟られる事も無く潜んでいたという事になる。

 正直舐めていたがミュスカの幻影の森人ファントムエルフの名に恥じないその高い隠密能力に素直に感心させられた。

 

 しかしまぁ、なんたら協商国に帝国だ?……朝から重いしめんどくせぇよ。

 ……とはいえ、話を聞く限り問題を作った責任は一応オレ達にあるよな。


 「どうする……ヒロムート様」


 いや、正直、どうもしたくない。

 だがこのままではサキュバス達の身が危ない。

 これがゴブリンやリザードマンなんかなら即見捨てて逃げるけどな。

 サキュバスだからなぁ……このままとんずらってのも忍びない。

 ……可哀想なのは抜けないし。

 

 「だがよ、そもそもこの問題はオレ達だけで何とかなるもんなのか?」


 ぶっちゃけこういう外交問題は一旦帰って、オレ達みたいな凡人ではなくサリエルみたいなお偉いさまに判断を仰ぐべきじゃね?


 「取り敢えず今は私達で何とかするしかありませんわね。既に人間の使節が書状を持ってルクスリアへと向かっておりますし」


 時間も無いと。

 ミュスカさん、そいつぁマズイぜ。


 「……まずは先に最長老に事態を伝えるべき」

 「最長老?」

 「……ルクスリアの村長」


 ルリエラのその一言でハッと気付かされる。

 村長か、確かにそれは尤もかもしれん。

 使節なんて大層なもんが訪問する際まずどこに行くのか、それは馬鹿でも分かる話だ。


 「うむ、ここのトップが事情を知らないままってのはマズイよな」

 「そうですわね、最長老さんの所まで案内して頂けますか?ルリエラ」

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