第3話 祝祭の魔帝国  

 「なぁおい、サリエルだっけか?式典とやらに出向く前に少し用を足したいのだが」

 「あぁ、それでしたらここから右に曲がった所にお手洗いが御座いますよ」

 「そうか、ならちょっと行ってくるわ」


 オレは小走りで案内された便所へと向かう。

 勿論、本当に用を足したい訳ではない。

 便所に来たのはこんな訳の分からない場所で開かれる式典とやらから逃げ出すためだ。

 

 ヒロム・カナメ32歳独身。

 職業、現場作業員(正社員)の俺の日常が突如急変して邪神に転生?

 そんな事は100%絶対あり得ない、当たり前だ。

 

 ただ、今その自信を失いかけている……便所の鏡に映った自分の姿を見てしまった所為でな。


 「おいおい嘘だろ、本当にこれがオレ?」

 

 鏡に映し出されたオレの姿は年齢の割に前髪が後退した小太り不細工髭達磨ではなかった。

 腰までかかった青と霞色の二色のメッシュヘア―に2対の黒い翼。

 中学生くらいの頃を思い出す小さくて細い体に男女の区別がつかない中性的で整った顔立ちの美少年?が麻の羽織みたいなのを着ている姿が鏡に映し出されていた。


 何か鏡に細工が?いや違うか。

 手も足も体の感覚も、そして背中の翼も間違いなくオレの意志で動いている。

 ……一番の決め手は親の顔より見てきたオレのグングニルがグングニルのままだったって事だけどな。

 そうなっちまったら認めざるを得ない、オレの身体は今までのオレじゃない何かになってしまっている事を。

 ……仕方ない、だったらここから逃げる前に色々と知ってそうなサリエルにこの状況を説明してもらうべきだ。


 「いやぁ、でもなんかあんま聞きたくない様な……あいつのお友達の集まりもおっかないし、どうっすかなぁ……」

 


 ▽ ▽ ▽


 オレが便所から出ると入り口の傍にサリエルが立っていた。

 (……うわ、まだいたよこいつ)


 「すまん、サリエル待ったか?」

 

 かれこれ一時間近く便所に籠っていたし流石に悪い気がするので一応謝っておこう。


 「いえいえお構いなく、それよりも式典は既に始まってるようですし、我々も急ぎ向かいましょう」

 「お、おう、了解」


 サリエルに案内されながら、早歩きで式典会場へと移動する。

 オレ達が辿り着いたのは先程の広間と同じ位の広さのある中庭を見下ろすデッキの上であった。

 中庭にはテントや椅子が設営され、そこでは様々な魔物と表現するべき異形達が酒を酌み交わしどんちゃん騒ぎを繰り広げていたが、サリエルとオレがその場にやって来たのに魔物達が気が付くと先程までの喧騒が嘘の様に辺りがシーンと静まり返った。


 サリエルは中庭の魔物達を見下しやすい位置まで移動し、小さく息を吸い込んでから口を開く。


 「うむ、盛り上がっていた所を邪魔してすまん。そして皆の配慮に感謝する。私の挨拶は別にいらんだろう……本日皆に集まって貰ったのは他でもない、刮目せよ。こちらにおられるのが我等魔族千年の悲願、邪神ヒロムート様である!」

  

 サリエルはこちらに手を向けて高らかに宣言した。


 「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」


 その一言と共に大歓声が辺り一帯に木霊する。


 「それではヒロムート様何か一言、お願い致します」

 「ちょ!おい!オレそういうの苦手なんだって!」


 オレがサリエルの隣に立つと歓声が一際大きくなる。

 クッソ~、オレ飲み会でもそういう立ち位置避けてきたのに……でもなぁこれなんか言わないと絶対いけない雰囲気だよなぁ。

 ……こうなりゃヤケだ、やってやんよ!


 「え、え~皆さま本日は私の為にわざわざお集まり頂き誠に感謝致します。お手元にグラスはお持ちでしょうか?僭越ではございますが、乾杯の音頭をとらせていただきます。本日は皆さまと杯を交わして大いに盛り上がりましょう!それではご唱和をお願いします。乾杯!」

 

 ……うちの作業長がよく使う音頭だ、さぁ魔物相手には通用するか?


 「「「うおお!!!邪神様万歳!!ズラートに栄光あれ!!」」」


 セーフ、何とか成功のようだ。

 オレの乾杯の音頭は魔物達に盛大な拍手と歓声で迎えられた。

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