第3話 花は舞う


 ――数字が出たぞ!

 ――二百……もう三百になる。


 総長と監察長など幹部が並ぶ席の頭上に、光る数字が浮かび上がった。


 278……281……288……

 レアが光矢を放つたびに数字が増えていく。


 300になろうとする直前に、レアが両手を下に振った。


 キャリン、と。

 彼女の十本の指にはまっていた指輪が砕け落ちて、間髪入れずにレアは自分の太腿をまくり上げる。


 太腿に巻き付けてあったベルトに結わえ付けていたのは、また指輪。

 魔法を込めた指輪を差し替え、次の的を撃ちぬいたところでカウンターが300を超えた。



「予備に差し替えて――」

「よう見いユクシール」


 魔力温存の為に光矢の指輪を用意していた。

 取り替えも瞬く間に。レアの太腿を拝んだ男どもは眼福だったとして。


「属性違いや」

燦燦さんさん輝くお天道様てんとさまと、端っこ逃げる虹の橋」



 ルトゥランが口ずさんんだ一節が正解。

 広場の外周ギリギリに浮かんだのは、五色の花。赤、黄、緑、青、紫。何重にも。

 レアを囲み、からかうように回りだした。

 囲女かごめ籠女かごめ


 ――撃つぞ!


 レアが、ではない。逆。

 花がわずかに光り、中心のレアに向けて魔法を放った。

 的の方が競技者を撃つ。攻性の的。


 炎熱、雷光、空裂、雹球、紫の塊はなんだ?

 オルテナが考える間にレアが撃ち返した魔力弾とぶつかり、びりりっと衝撃を響かせた。

 観覧席にまで響く衝撃。直撃すればレアの体などひしゃげる。



「夜明けの光は色を変え、朝の空は瞬く間に変わる。日が上がれば世界は騒がしい。そういう順序ですか」

「当たり前の日常やけど、あの子はこれを予測しとったちゅうことやね」


 過去の【的当て】の記録は残っていない。なぜだか記録できない。

 口伝えで伝わるのみ。

 毎回パターンが違うと言われる。途中で脱落する事例の話が多く、実際のところどの程度の違いかわからない。


 どんな状況にも対応できるよう準備してきたレア。

 魔法を込めた数種の指輪で、くるくると回りながら打ち出される魔法を撃ち落とし、花も貫く。



「きれい……」


 舞いながら色とりどりの魔法を相殺し、打ち砕き、花を散らすレアの姿に、ルトゥランが場違いな感想を漏らした。


 炎の赤熱や雷撃の閃光に照らされ、砕けた氷の粒がレアと逆回転に回る。

 灰色のスカートを翻し、色素の薄いレアの灰金色の髪もふわりと。光と氷の粒の中でキラキラときらめくように。

 美しい舞踏を見ているよう。



 炎熱の魔法は氷矢で赤い花ごと貫き、雷光には水を走らせて飲み込み、黄色の花を散らした。

 水の魔法は魔力の消費も少ない。


 かまいたちのような空裂に岩を放って後ろの緑の花を潰し、雹球に対しては――見えない。おそらく震動波を放ったのだろう。

 雹の球とほぼ同時に青い花が粉々になった。


 手こずるのは紫の花が放つ衝撃波だ。

 炎熱と水以外の何かをぶつけて相殺してからもう一手、花本体を撃つ魔法を使っていた。


 それでもこの試験に挑むと宣言した実力者。回る花たちを次々と打ち抜く。

 ぐるりと周囲を覆う無数の五色の花を減らしていき、最後と言うように大きく両手を広げた。



 ばんっと、レアを取り囲んでいた花の全てが砕け散る。

 けれど。


「レア様!」

「上だ!」


 ルトゥランとユクシールが叫んだ。

 つむじ風の中心で踊るレアの頭上に、それまで散っていた花の欠片が集まっている。

 光の塊が現れた。十二。



「見えとるで」


 レアが両手を広げたのは油断ではない。

 消していた二振りの杖を握る為の所作。次の魔法のために。



万齢ばんれいつる樹葉じゅよう隠底おんぞこを、射貫け透間の光条ララ・ゼ・デラミナ


 先と同じく、灰色の宝玉の杖をバトンのように回転させ、鏡ともレンズもと思える円を作り出してから。

 十二の光の塊に向けて光線を放った。


 光の奔流とは違う、鋭い光の筋が塊を貫いて――


「なん、や?」


 レアが作った鏡がレアの光線を反射した。鏡を通り抜けたものと跳ね返った光線と。


「下です」


 ユクシールが先に気づいた。

 灰鏡を抜けて上の目標を撃った十二の光線と、反射して地面に突き刺さる十二。

 頭上の光に照らされたレア自身の黒い影。それもまた【的】になっていた。


 先に鏡を作って、光線の魔法を増幅させつつ反射もさせた。

 上を撃つのと同時に下も撃つ。


 信じられない視野の広さ。

 観覧席から俯瞰しているオルテナでも気づかなかったのに……


 違う。

 あの場に立つレアだから足元の異変にも感付いたのだ。にしてもレアの対応力はやはり賞賛に値する。



 ――もうすぐ500だぞ?

 ――まさか本当に……


 観覧席の空気も変わっていく。

 今の多属性の花たちと上下挟撃に対処できる者は多くない。死線の中でミスなくやれと言われたら、さらに少ない。


 誰もが理解させられる。

 レアはこの【的当てラ・ティンタ】に挑むに足る器だと。



 オルテナは、レアの力量が図抜けたものだとは知りつつ、今の今まで自分よりは下だと見ていた。

 たかだか十九歳、ブレステム魔峰連盟に来てたった六年。まだまだ学びが足りない。研鑽が足りない。


 ブレステム最終卒業考査【的当てラ・ティンタ】は魔導の頂。

 生涯で一度、それに挑み死ぬか。

 挑むこともなく死ぬか。


 加齢を伸ばしてもいずれ老いる。老いれば挑む機会は失われる。

 三十年以上誰も挑まず、形式だけ残る廃れたイベントになりかけていた。

 ブレステムを出る必要などない。食うに困らない場所だ。程々にうまく生きればいいい。


 そんな空気の中に混じった異物。外来者の小娘レアが【的当て】に挑むと聞いた者の大半が思ったはず。


 ――どうせ届くはずがない。


 生意気な若い娘が無残に死ぬだけの見世物になるはず。

 500を超えてきて、レアの実力を目にして空気が変わっていく。


 やれるのではないか。

 届くのではないか。



 最後にこの卒業考査【的当て】を果たした到達者、天魔メレノワは百年以上前の人物。試験の達成を目にした者は少ない。


 今日、ここで目にするのかもしれない。

 新たな天魔の誕生を。

 レアの存在をうとましく思っていた者でも期待してしまう。



「たいした子や、ほんまに」

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