第2話 わらべ歌


 ――あの小娘、マジでやる気か。

 ――これくらい俺だってできる。

 ――当たり前だ、ここからが本番だぞ。


 次々に現れる的は、旗状であったり筒状で横向きだったりを織り交ぜて、しかし冷静に淡々と打ち抜いていくレア。

 観覧者ギャラリーの大半はレアに否定的な色だが。

 同じく観覧席から【的当て】を見るオルテナは、レアが他者の雑言など気にしない性分だと知っている。



 下界の魔法使いでブレステム連山に昇る者は多くない。稀にいる。

 レアもそんな外来者だった。


 最高の魔法使いが集う魔導探求者の極み。魔峰連盟ブレステム。

 一度入れば脱退は許されず、連盟の中で生涯を終える。

 ブレステム一万余の魔法使いたちの大半はここで生まれた。魔法使いを両親に持つ、生まれながらの魔法使いの血統。


 外部から門戸を叩く者は雑種であり劣等。

 下界では希少な魔法使いと持てはやされたとしても、ブレステムにおいては未熟な初心者の域を出ない。

 それが彼らの常識だった。


 雑種の鼻っ柱を折るのは娯楽。

 己の程度を知り、しぼんでいく様子を楽しむ。嘲笑あざわらう。



 訪れたのが若年者であれば、性欲のはけ口にも。

 閉ざされた社会に新しい血が混じることは歓迎され、強引な性交渉も黙認されているのが実情だ。

 いじめて心を磨り潰して、弱らせて。いじめに耐えかねた若者を子飼いとして支配する。おもちゃにする。


 規範、秩序、道徳の欠けた閉鎖社会。魔峰連盟ブレステムの暗部。




 オルテナがレアと知り合ったのは六年前。レアは当時十三歳だった。

 久々の外来者の少女は衆目を集めた。


 短く切り揃えた灰色の髪にグレーの瞳。

 色素が薄く、また人形のように表情も薄い少女レアに、いくつかのグループがちょっかいをかけて、蹴散らされる。

 半端に手出しして何人かが火傷を負った。


 雑種ごときが貴種に無礼を、などと。

 こてんぱんの無様を晒しておいて恥を知らない連中だ。


 火種が広がりかけた所でオルテナがレアと接触した。中堅グループのリーダーであり指折りの実力者オルテナ。

 近すぎず遠すぎず。そんな距離感の関係を築いて過ごしてきた。



「ほんまに卒業考査に挑むなんて思わんかったわぁ」

「レア様……」

「ルトゥラン、よう見ときんさいよ」


 両手を組んで祈る少女に、オルテナは静かに話す。

 あぶれ者同士だからか、やけにレアに懐いていたルトゥラン。


「やり通すか死ぬか。どっちにしてもレアの姿の見納めになるんやし」

「必ず成し遂げます。レア様なら」

「そうやとええね」



 オルテナも目を離さない。

 細い目を光らせて、全てを記憶する。


 生来魔法の才能のないルトゥランとは見方が違う。

 レアが失敗して命を落とすとしても、オルテナが【的当て】に挑む参考になる。

 挑む機会があれば。



「オルテナ、そろそろ百を超えます」

「そやなぁ、ユクシール。最悪の試験【的当てラ・ティンタ】、しっかり拝ませてもらうで」


 自分の補佐を務めるユクシールと共に、凶悪さを増すイカれた祭りに興じるレアの姿に細い目を見開いた。



 ――でかい!

 ――違う、多い!


 一瞬で日が陰った。と錯覚するほど唐突に、空を覆いつくすほどの的が出現した。


 数えきれないほどの的。指先から放つ光矢で対応できる量ではない。

 出現から十を数える間に消えてしまう。



「おいで」


 小さく呟き、袖をくるりと振った。

 瞬く間に両手に杖を握っている。二本。

 レアの瞳に似た灰色の宝玉の杖と、白い花の杖。


 灰宝玉の杖を回転させて宙に放った。

 レアの頭上で灰色の鏡のように広がる。



幽谷ゆうこく月舟つきふね浮かぶ鏡泉きょうせんより、満ちよ残花の芒耀サプタ・マーニ!」


 初めてレアの口から力強く言葉が発せられた。

 花の杖から黄金色の輝きが溢れ、先に作った灰鏡にぶつかる。


 光を受けた鏡から増幅した光の奔流が、百の的を飲み込んだ。

 陽光があふれ出すような膨大な光の洪水。



 ――すげぇ……

 ――最初からこれやれよ。


 馬鹿か。

 こんな魔法では白的フェイクも一緒くたにしてしまうし、体力も持たない。

 この的の中には白的がないとわかっていた――?



「ブレステムの遊び歌や」


 百を超える的を見て判断したわけではない。

 見たのではない。直感で理解した。


「二番……でしたか」

「うちも長く歌ってない、忘れてもうたわ」


 遊び歌と呼ばれる古い歌がある。

 最初の背中に隠れていた的は、四番の影隠れの遊びを歌ったもの。


「百と涙が零れたら、暁天ぎょうてん返りとばりを下ろす。くらくら雲の黒屏風」 


 ルトゥランが口にした遊び歌の一節が、今の空を覆う的の一群を表している。

 ブレステムで育つ子供が誰からか聞くわらべ歌。


「嘘混じりの涙とは違う、か」


 ブレステム連山を抜ける――卒業する最終試験【的当て】は、学んだ全てが必要になると言われている。

 魔法の技術ではなく、まさか童謡にヒントがあるとは。


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