【的当て】1000年 

大洲やっとこ

第1話 天魔の子


「魔峰連盟ブレステム最終卒業考査【的当てラ・ティンタ】」


 連盟総長グローザフの声がブレステム連山の空に響き渡った。

 円形広場の中央に一人立つ少女と、観覧席には万を数える魔法使い。

 魔法陣が八方に浮かび少女を照らす。



「ブレステム創立以来千年余、【的当て】を果たしたのはただ四人。至高の天魔」

「……」

「ひとたび始めれば、千の的を射貫くか、さもなくば死か」


 周知の事実でも、総長の口から公言されればどよめきも起きる。

 観覧席の空気は揺れ、少女はわずかにも揺るがない。

 少しは動揺しろと言うように、連山を抜ける風が少女の服の裾をはためかせた。



「37年前、当時の首席が挑んで死んだ。続けて次席も同じ道を辿った。いずれもこのグローザフが見てきた167年の間で十指に数えられる傑物だった」

「……」

「挑む意志は変わらぬか。連盟員レア」


 円形広場の観覧席を埋め尽くす連盟魔法使いの視線が、静かに立つレアに集まる。

 最終確認。

 生きるか死ぬか。本当にやるのか。


 千年を越える歴史の中で、この最終考査【的当て】に挑んだ魔法使いは百を超える。

 成し遂げて天魔に至った者はたった四人。他は死んだ。

 四人はブレステムを後にして外の世界へと旅立った。

 それらに続こうと極悪な難易度の試練に本当に挑むのか。


 死の試練。極悪な難易度の卒業考査。

 脱退を認めないブレステム魔峰連盟において、卒業という名目で許される完全な自由への道。



「連盟員レア。そなたがブレステムに来てたった六年。歩き始めた幼子も同然。意地を張らず退くことも時に肝要ぞ」


 ふ、と。

 レアの口から息が漏れた。失笑。


 ――レア様、どうか……


「始めなさい」


 会場の片隅で手を合わせる誰かの小さな祈りを耳にしながら、ただ静かに開始を宣言した。

 ブレステムの祭り【的当てラ・ティンタ】が始まる。



  ◆   ◇   ◆



 ぐわん、と。

 レアを囲んでいた八枚の魔法陣が消え、前方上空に三つの筒が出現した。


 左手の指輪から放たれる光の矢が三つを貫き、筒が砕け散る――が。

 すぐ後ろに隠れてズレた位置にふたつの筒が配置されていた。


 最初の三つを貫いた光矢が直進していたら、筒の端を撃っていた位置取り。中心を撃たなければ弾かれる。

 固定タイプの的は出現して十を数えれば消える。何度もやり直す時間はない。


「そうね」


 溜め息ひとつ。

 最初に放った三本の光矢のうち、左右の二本が内側に曲がって筒を撃ちぬいた。


 真ん中の一本は、ぴょんと跳ねるように障害物を跳び越えて、さらにその背中に隠れていた筒の真ん中を貫く。



 ――おぉぉ!


 これで六つ。最初から性格の悪い試験。

 まだ序の口に過ぎない。



『世の全ては貫けぬ。千の的のうち一つは外すことは許される』


 付け足しの説明など一顧だにせず、遥か頭上に出現した的を撃つ。

 雑音。

 ひとつ外してもいい。その緩みが死筋。

 性格の悪い罠だ。



 次に現れた数十の色とりどりの旗に向けて、両手の指輪から光矢を放つ。

 白無地は撃たない。フェイク。

 フェイクを間違って撃てば減点――その瞬間に失格となる。

 目くらましのように混じる白を巧みに避けて、それ以外を撃ちぬいた。



「始めるね、お師様」


 レアの息にわずかに温度が混じる。

 ブレステム魔峰連盟にきてから、一番熱のこもった吐息。



  ◆   ◇   ◆


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