25話 早口オタク化しちゃいました
「さて、ことり先生! 画像、送りますね。おおきなモーミンとのツーショット、よく撮れてますよ」
手を叩いて言うと、田原小鳩がキョトンという擬音を背負って首をかしげている。
「ス・マ・ホ! 出して下さい。メッセージアプリの交換しましょう」
「うえ?!
「なにがですか?」
メッセージアプリの交換をしながら今度は私が首をかしげる番だ。
撮った画像は送らねばならない。そのためには連絡先を交換しなければならない。私がよっぽど機械音痴に見えているのだろうか。凸とメモ渡しをしていたのは、超アナログ人間だからだと思っている?
ことり先生は「まあ、奔馬さんが良いならいいですけど……」とかモゴモゴと言っている。
「このぬいぐるみとのツーショット、奔馬さんがモーミンと一緒に写った方が良かったのでは? モーミン大好きなんですよね?」
「え! 良いんですか!? でも今日は取材を兼ねているから私が写ってもなあ」
「可愛いと思いますけど」
と言いながらスマホを渡してくれるのを、聞こえなかったふりをして受け取る。
モーミンとことり先生の並びの方が、私なんかよりもよっぽど可愛いはずだからだ。
メッセージアプリのIDを交換してスマホを返すと、背中を丸めて会釈をされた。不思議な反応だ。なんて、モーミンのお尻の絵が焼き付けられたパンケーキを一口大に切って口に運びながら考える。
と、それよりも!
「ふひあわへでふよ!」
「飲み込んでから喋って下さい」
ことり先生(と呼べるのが嬉しい!)がお水を差し出してくれたので、飲み干して一つ二つ喉を「ん、ん、」と整える。
「打ち合わせですよ! 始めましょう! 先日お邪魔したとき、『書きたいかな』っておっしゃってましたよね? 今の所、アイデアとかあるんですか?」
「お邪魔したというか、一方的な凸でしたけど……。アイデアは一応、いくつか書き溜めてきました。設定も一部は考えてみたりして。ええと、ノートのこのページですね」
彼は使い込んだノートをめくって該当のページを開くと、テーブル越しに渡してくれた。
私の見やすい向きに直してから渡してくれるところが、キチンとしている感じがする。私が以前に二回押し付けたメモは多分、そのままの向きで渡していた気がする。くしゃくしゃで。
見習わないとなあ、と思いながら、ことり先生が差し出してくれたノートのページを拝読して、私は色々な種類の驚きで何からコメントを返していいのか分からなくなった。
なにしろ一行目から、『・淫魔養成学園に入学してしまった少女の話』なのだ。
「どう……ですかね」
不安げにレタスをはりはり齧ることり先生の顔を見て、私は自分が難しい表情をしてしまっていた事に気がついた。
こんなことじゃだめだ、二人三脚と言いながらも私とことり先生は、編集者と作家という役割がある。
私が半人前以下だとか、そんなことはことり先生には関係ない。そして彼は、自分がこれから本当に書けるのか不安でいっぱいのはずだ。
ノートを置いて頬に両手を当てる。ぐいっと頬を上げて、私はにっこりと笑ってみせた。
「すごくいいアイデアだと思います。お渡しした本、楽しんで読んで頂けたんだなっていうのが、伝わります。ただその、ちょっとまだ成人向け要素が抜けきらないですね」
「やっぱり出てますか……」
「まあ一発目から淫魔ですからね。私もですね、ポポン文庫さんの真珠泥棒を読んでから、自分で色々見てみたんですね。だから淫魔という概念は知っています! 淫魔を少女向けにするのは難しいですね」
『邪淫真珠泥棒~海女さんのあわび貝~』を取り出して見せながらそう言うと、ことり先生の顔が曇った。
「ですよね……」
肩を落としてしんなりとすることり先生と、彼のプレートの上のシャキシャキレタスとの対比が半端ない。
レタスばりにシャキっとしてもらいたくて、私は焦って言葉を続けた。
「でもアイデアは好きですよ! 自分と違う人たちばかりの学園に入学してしまう。ここにキラキラと、ワクワクと、主人公の子の頑張りとか、そういうのが入ると良い気がします。ただの少女小説オタクの意見ですけど」
なるほど、と呟きながらことり先生がボールペンを取り出したので、私はノートを彼に差し出す。ちゃんと彼の向きになるように注意しながら。
と、その時に私の肘が、キャラクターであるムネフキンが描かれたカプチーノのカップに当たって、思い切り倒れてしまった。
テーブルにうす茶色の水溜りが広がった。手渡し途中だったノートは汚れなかったものの、私のスカートと、それからテーブルに置いていた『真珠泥棒』がカプチーノ浸しになってしまった。
「あわー! わー!」
「お、落ち着いて下さい奔馬さん!」
「お客様! おしぼりお持ちしますね!」
なんて騒ぎのさなか、私はスカートを放置して、おしぼりでまずは『真珠泥棒』を拭いていた。
泥棒……泥棒……なにか閃きそうな……。
「ことり先生!! 怪盗ですよ!!」
立ち上がって声を上げる。ちょうどおしぼりを運んできてくれていた店員さんが、「へ?」と声を漏らして、あと一歩でテーブルというところで立ち止まった。
ことり先生が何度も頭を下げながらおしぼりを受け取る間も、私の頭の中には『美少女怪盗もの』の案がぐるぐると回り続けている。
「怪盗養成学園に入学してしまう普通の子が、頭角を現してしまうのはどうですか? 女子学園もの、寄宿制、そしてライバル兼ヒーローには、警察官志望の男子。これ読みたいですよ。あ、ことり先生のアイデアでは、違う種類の同級生ばかりが集まる学園に知らずに入学してしまうっていう、その、しらない世界に飛び込む女の子を書きたいのかなと思ったから怪盗養成学園ということにしたんですが、違いますかね? どうです?」
早口オタクになってしまった私のスカートの染みをながめながら、ことり先生は抱えたおしぼりの山から二つ取り出して渡してきた。
「取り敢えず、スカート拭きましょう。あと、座りましょう」
そんな場合じゃないくらい脳がフル回転しているのだが、ことり先生が本気で困った顔をしていたため、大人しくおしぼりを受け取ることにした。
スカートなんかもうどうでもいいのに。
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