第24話 猪突猛進なんです

 厳選に厳選を重ねた六冊の本を詰め込んだレターパックを前に、私はむむむと腕を組んで考え込んでいた。

 レターパックライトだと厚み3センチまでの荷物しか送れないとは知らなかった。

 いま目の前にある封筒は軽く5センチはあって、パンッパンである。箱型にすればなんとか封ができそうだ、と思った瞬間に、厚み制限が書かれていることに気がついたという次第である。

 3センチまで、と文字が赤の太文字で書かれていて、逆になんで気づかなかったんだと自分の抜けっぷりにびっくりする。

 言い訳させてもらうと、大きい文字は逆に目に入らない。模様みたいに見えてしまう。特に夢中になっているときは。

 

「もう一回、コンビニ行くかあ」


 声に出して重いお尻を持ち上げて、私はレターパックプラスを買いに行ったのだった。

 

 *


「で、なんでまた家の前に居るんですか。不審者ですよ」


 荷物の到着予定日の翌日の日曜日、私は田原小鳩の部屋の前に座り込んでいた。

 私を見下ろす田原小鳩は、スウェット姿でスーパーのビニール袋を両手に下げ、ため息をつきながらそう言った。

 正面から日差しを浴びていた私からは、彼の表情を細かく読み取ることができない。

 ただ、心底嫌がっているような声色ではないことだけが分かった。

 

「とりあえず、暑いので要件だけ。本、受け取って頂けたかなと思いまして」


 額に張り付く汗をタオルで拭いながら答える。

 と、目の前にスポーツドリンクのペットボトルが差し出された。

 ビニール袋を床に置いて、腰を折った姿勢で私にペットボトルを差し出す彼が作る影におさまった私は、周りの温度が下がるのを感じる。

 小さく頭を下げて受け取ると、冷蔵コーナーの棚の冷気を残したペットボトルがひんやりと私を誘惑する。

 そのまま額に当てて冷やし、それからキャップを開けた。「いただきます」と独り言みたいに呟いて。

 

「真夏日に座り込みとは、気合の入った不審者ですね」


「絶対居ると思ったのに、鍵かかってるからどうしようかと思いました」


「スーパーだったから良かったものの、夜まで出かけてるとか、ずっと寝ていて起きないとかだったらどうするつもりだったんです?」


「そうしたら明日の夜来ます」


 プフッ、と噴き出す声が聞こえて、彼の顔を見る。笑うしかない、って顔で笑っていたので、少し安心した。

 彼の言う通り私の行動は不審者だし、考えなしだし、迷惑かもしれないなんてことに、彼の姿を見てから気づいたからだ。ほんとうに、私はちょっと猪突猛進すぎる。鹿ノ子じゃなくて猪子って名前でいいかもしれない。

 

「また突然来ちゃってすみません。電話だと、ほら、誤解のある言葉を言ってしまうのが怖くて。ほんとに、いま私がかけている迷惑と比べたら、田原さんなんて全然ですよ」


「電話の件は気にしないでくださいよ。まあ僕は、奔馬ほんばさんのヤバさも含めて、そちらにおかけしたご迷惑のお詫びかなと思ってるんで」


「ヤバくてすみませんね」


 もう一口、ドリンクを飲む。彼の視線が近くて、なんとなく落ち着かない。猫っ毛の前髪がぺったり張り付いてるのとか、汗臭くないかなとか、そういうのが気になってしまう。


「本、ありがとうございます。リストも。読みましたよ。お礼は言いたかったんですけど、ちょっと連絡をしていいものか分からなくて」


「読んでくれたんですか!?」


「はあ、取り敢えず三冊は」


 しゃがみこんだ彼が三本指を立てた。なんだか少し誇らしげだ。


「さ、三冊!? 送りつけておいてなんですけど、まさかちゃんと読んでくれるなんて……しかも、早ッ」


 思わず体を乗り出すと、彼の鼻の頭に薄く浮いた汗が見えた。

 勢いにおされたのか、体をひいた彼は頬を緩めかけてから真面目な顔を作った。


「そうですね、新鮮だったので、気分転換みたいな感じで読みました。性別も年齢も違うのに不思議なんですけど、主人公に感情移入している自分がいたりして。……書きたいかな、という気持ちにもなるんですが、実際書くとなると手が止まるんですけど」


「田原さん~~」

 

 握手したい気持ちを抑えて手をわきわきを動かす。

 この言葉を聞けただけでも、真夏日に座り込みをした甲斐があった。こんなもの、と放っておかれるかもしれないという気持ちがどこかにまだあったから。

 

 でも、まだ私にはしなければいけないことがあった。

 本への反応が良ければ、次のステップに進まねばならない。


 ――打ち合わせだ!


 すばやくスマホを取り出して、モーミンカフェの予約ページを開く。

 田原小鳩の予定を確認し、その場で翌週の週末の予約を取る。

 リュックから取り出した手帳に、日時と場所を走り書きするとちぎって渡す。

 

「では!」


 と言って去ろうとしたその時、「メモ渡すの好きですねえ」と彼がつぶやくのが聞こえた。

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