第2話 扱いは丁重に

「……というわけで、まずはアタシの担当している作家さんとのメールのCCに入れるから、それは確認しておいてね。あ、PCは午後に来るから。情報システム部の担当者が持ってくるの。初期設定済みだけど、多分午後はPC設定のあれこれでいっぱいになるかな。メールチェックはそれからか。そうなると、とりあえず午前は、そうだなあ……」


 ほんわかした雰囲気の高野先輩だけれど、仕事の話になると急に早口になる。デキる感じがする。

 意外だったのは、入社して十五年目だということ。『リリン』に来てからはまだ八年! と親指を折って四を示した両手の平をこちらに向けてひらひらとさせながら言った。まだ、って言っても八年。もしかしたら、と期待を持ってみたりする。なにをかというと、鹿野カコ、という私のリリン投稿時の筆名を覚えているかもしれないという期待だ。

 でももし、かけらも覚えていないよ、なんて素振りをされたら立ち直れないかもしれない。だって私は二年間の投稿期間中、佳作の一つ下の『期待の星賞』を一回もらっただけなのだ。それで気持ちが折れて、小説を書くのは諦めてしまったわけで……。

 

「はあ」


「どうしたの? 疲れた? さっき言ったとおり、応募作品の整理お願いしようと思ってるんだけど、出来る? あ、アタシ早口かな。早口だよねごめんね」


「あ、何でもないです! ぼうっとしてすみません! えっと、この紙応募の原稿を整理すればいいんですね」


「そう。表紙に連絡先がついているはずなんだけど、付け忘れてる人もいるから一応そこもチェックして。封筒も個人情報にあたるから気をつけてね。締切日まではそこのキャビネットの一番下の引き出しのボックスに保管。ウェブサイトからの応募データについての取り扱いはまた今度説明するから。オーケー?」


 高野先輩は身振り手振りを加えながらテキパキと話すと、郵便物を仕分けしてある棚に向かう。応募原稿の入った封筒の山を持ち上げようとするところで、慌てて代わることにする。後輩なんだから、そのくらいしなくては。


「鹿ノ子ちゃんありがとー、って、あっ」


 私が横から手をだしたことで、封筒がばさばさと音をたてて落ちてしまった。

 大事な応募原稿を落としてしまった! と焦って拾う私の目に、不思議な裏書きをされた封筒が飛び込んでくる。

 田原小鳩、という名前の横に、『筆名 巌流島喜鶴』と力強く書かれているのだ。

 応募原稿を入れた封筒に筆名を書くのは要項として求められてはいない。けれど、書く人はそれなりに居る。だから筆名が書かれていることが不思議なのではない。

 少女雑誌の『リリン』に送られてくる小説の筆名としては、ゴツすぎるのだ。


「なんだろう、本名と筆名が逆、とか? 田原小鳩、の方がペンネームっぽいのに」


「田原小鳩ぉ!?」


 高野先輩が突然大声を上げる。

 先輩は、驚いて動けないでいる私の手の中にある封筒を取って、床に叩きつけた。

 社会人が会社で見せるには、アウトじゃないかと思わせられるくらいの形相だ。額に青筋まで浮かんでいる。

 先輩の変貌ぶりも恐ろしいけれど、大切な応募原稿が床に叩きつけられたことの方がショックで、私は動けないでいる。

 

「こいつは最悪のセクハラ野郎だから! 読まないで捨てちゃっていいよ! シュレッダーはあそこね!」


 そう言い残すと、高野先輩はいかにも汚いものに触ったみたいに手をぶらぶらさせて、自分のデスクに戻ってしまった。


「あ、シュレッダー終わったら、手洗った方がいいよ!」


 と遠くから声をかけてくれた。これは親切、なのだろうか。

 そして、そこまで言われてしまう田原小鳩(筆名 巌流島喜鶴がんりゅうじまきかく)は、何をしたんだろう。

 セクハラ野郎って、なに?

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