第1話 配属日のご挨拶
「おはようございます!」
の、「は」の部分で自分の声がひっくり返るのが分かった。しかしここからどうにか持ち直せなくもない、はずだ。諦めないのが私の長所、とは面接時に何度も繰り返した言葉だ。
自己暗示がかかるくらい繰り返した。私は諦めない。諦めなかったから、ここに立てた。頭がのぼせたみたいになっているけれど、用意してきた完璧な挨拶は忘れていない。大丈夫だ。いける。
「本日より『リリン』編集部でお世話になります
持ち直せなかったな。
口上の失敗によって急激に冷めた頭でそう考えながら、深くお辞儀をした。
横には、大きな窓を背にした編集部長のデスクがある。
正面には、向かい合わせに二列に並んだデスクの島が二つ伸びている。編集部に務める人たちが、それぞれの席から立ち上がったその場で、挨拶を聞いてくれていた。ぐるっと輪になって囲まれるようなイメージがあったので、まばらに立つ人たちに向けての挨拶は、事前のイメトレと勝手が少し違った。それで緊張が増したのかもしれない。
ほうぼうから響く拍手の音はあたたかいけれど、カミカミの挨拶では天然だと思われてしまう、と私は焦った。憧れの『リリン』編集部に入ったのだから、シゴデキ(仕事が出来るという意味だ。シゴデキ編集部員は、最近の言葉にも詳しくなくてはならない!)新人が来たぞ、と思わせなくてはならないのに。
そして、最高の作品を作って、『リリン』読者に……いや、日本の全乙女に届けるのだ。
気合を入れ直して、キメ笑顔を作る。フレッシュさがありつつ自信に満ちた、面接時にも効果を発揮していたであろう笑顔だ。気持ちが表情につられて持ち上がっていく。
自分で決めたことを守り抜くために、頑張りすぎてしまう、頑固なところが短所です。
そんなアピールも就活の面接では繰り返し行った。短所を聞かれて長所を答える技を、就職活動の準備期間に知ったときは、そんなのあり? と驚いたけれど、人は慣れるもの。頑固さについても、しっかり、自己暗示済みだ。
自然に拍手が
葉山
「
「私がトレーナーってことです?」
「そう。デスクで説明するから」
「はあい。鹿ノ子ちゃん、でいいかな? 行こっか」
高野さんと呼ばれた先輩は、ブラウスにデニムにスニーカーのカジュアルな服装だ。バリキャリ感のある葉山編集長もかっこいいけれど、高野さんの格好はキャンパスでよく見てきたもので、親しみやすい。鹿ノ子ちゃん、って呼んでくれるのも、嬉しい。
丸眼鏡に、笑うと目が無くなる猫みたいな顔。歳が近そうだし、私より一つか二つ先輩なのだろうか。話しやすそうな先輩で良かった! なんて思いつつ、編集長のデスクで高野先輩の紹介を受けた。
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