第23話「好きだから!」

 空気がびりびりするくらいの物凄い大声が出た。


 顔を上げたユエも、瑠歌ちゃんも、サクヤさんも、エクリプスも、全身ぽかーんとする。


 そんなのどうでもいい。私はユエの前に立って、叫び続ける。


「あなたは私に! 夢を語ってくれた! セレーネ王国が大好きだって、守りたいって、導いていきたいって! この国から涙を流す人が一人でも減って、笑顔になる人が一人でも増える国にしたい、そのためならどんなことでもやり遂げてみせるって言っていた! あれは何?! あなたのその願いは、こんなひどいやつに好き勝手言われて揺らぐほど脆いものだったの?!」


「だが僕は役立たずだ! 何もしてこなかった……!」

「サボりたくて仕事をサボってたわけじゃないでしょ?! じゃあユエは悪くないじゃない!」


 私はしゃがんだ。ユエの、涙に濡れて、光の消えた空色の瞳と目線を合わせる。


「ユエ。あなたは一歩を踏み出せないって言った私に、チヅルはチヅルのままでいい、そのままの自分で誰かの世界を支えられるって言ってくれた。そんなこと、言われたの初めてだった。私、心が軽くなったよ。こんな言葉を言えて、誰かを救える人が、なんで王様に向いていないの? 私、ユエが王様をしている国に住みたいって思ったし、ユエが王様をしている国に住んでいる人は幸せだって思ったよ」

「チヅル……」


「この国は、ユエの国だよ! 誰がなんて言おうと! この月の国は、ユエのものだ!」


 ぴたり。見開いたユエの目から、涙が止まった。目が、見開かれていく。


「これは随分と偏った意見だね。なんでユエのためにそこまで言えるんだ?」

「うるさーーーい!!!」


 エクリプスが何か言っている。私はかちんと来て、立ち上がりながら振り向いた。


 なんでそこまでって? そんなの、最初に会ったときから決まってる。


 最初、ユエの綺麗な顔にどきっとして。次に、ユエの夢と覚悟を格好いいって思って。


 今。ユエを守りたいって思った。その理由なんて。


「そんなの! ユエが好きだからに決まってるじゃないの!!!」


 私はユエのためなら、十歩だって百歩だって、何万歩だって踏み出せる!


 だから、だから!


「ユエを、バカにするなああああ!!!!!」


 私は一気にダッシュした! いきなり走ってくるなんて予想してなかったみたいで、エクリプスは「えっ?」って顔をしている。


 今のうちにって、私はエクリプスに体当たりしつつ、持っているセレーネ・クロックに手を伸ばそうとして……。


 ない?


 エクリプスに突き飛ばされて、床を転がる。体を起こしたら、セレーネ・アークの前に、一羽の白ウサギがいた。セレーネ・クロックをくわえたウサギの体が、ぴかっと光って……。


「うん。そうだね」


 一人の、男の子になる。


「全く、その通りだ。ありがとう、チヅル」

「――ユエ!」

「確かに僕はまだまだ未熟だ。けど、それが僕の夢を諦めていい理由にはならない」


 ユエがセレーネ・アークに触れる。すると、どんどん光が弱まっていった。向こう側の壁も見えないくらい眩しかったのが、十秒もしないうちに、はっきり見えるようになる。


「叔父上! どうやら僕は一人ではなかったようだ! 決してお前の横暴を許さない、いつまでも勝手ができると思っていたら大間違いだ!

 僕は必ず、ここにいる仲間と共に、叔父上からこのセレーネ王国を取り戻す!」


「ユエは何もできない子だと言っているだろう!」


 エクリプスがユエに走り寄ろうとしたそのとき!


 一羽の黒ウサギが跳んできて、エクリプスのお腹に思い切りキック!

 エクリプスはその場で倒れ、黒ウサギはユエの隣に着地し、サクヤさんの姿に変わった。


「お前にユエ様の邪魔はさせねえよ!! ……ユエ様、参りましょう!」

「ああ! チヅル、ルカ、こっちへ! 抜け道がある!」


 私はうなずいて、瑠歌ちゃんと一緒に、サクヤさんに抱え上げられたユエのあとを追いかけた。


「チヅル。君は君のままで“誰か”の世界を支えられるって、僕は言ったけれど」


 途中でユエが言った。


「僕が、その“誰か”だよ」


 ユエが優しくほほえむ。私はもう胸がいっぱいになって、何も言えなくなってしまって。こんな状況なのに、ただ笑顔を浮かべてしまったんだ。

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