第20話「内緒にしていたこと」

 忘れたことのない出来事だったけど。あの子が、早乙女さんだったの?


「なんで言ってくれなかったの? そんなの今まで一言も!」


「い、言えなかったんだよ、恥ずかしくて。だってキャラじゃないことしてたもん。あたし、小さいころから凄く明るい子って言われてたんだよ。だからかな、ミルキーが死んじゃって毎日ずっと泣いてたら、友達や先生から、ずっと泣いているなんて瑠歌ちゃんらしくないって言われたの。あたしが泣くのは悪いことなんだって思ったから、誰にも見られないところで泣くようにしてた。

けど、そこをウサちゃんに見られたわけじゃない? あ、あんなあたしを見られたって思ったら、ね? なんか、えへへ」


 キャラじゃないって、何それ!


「泣くのは悪いことじゃないよ! 悲しいときは好きなだけ泣いていいのに、我慢しちゃだめだって。なんであの日のこと黙ってたの? 早乙女さん、最初から私のことを知ってたってことでしょ?」


 かーって、早乙女さん、今まで見たことがないほど顔が真っ赤っか。目をそらして、距離を取りたそうにしている。けどだめ、これは聞かないと! 私は早乙女さんに近づいていく。って、これっていつもと逆みたい。


「な、名前覚えてたよ。ウサちゃんの。忘れた日なんてない。ずっとまた会いたかった。ウサちゃんに背中なでられて、本当に心が楽になった。もう一度、ありがとうって言いたかった。クラスにウサちゃんがいるってわかって、凄く嬉しかった。でもウサちゃんはあたしのこと覚えてなかったみたいだし」


「だって、私のほうは名前を知らなかったもの!」


「うん、わかってるよ。知らないのも当たり前だよなあって。でもさっきも言ったように恥ずかしかったからさ、あのときの子だよって言えなかったんだ。

けど、また仲良くなりたくて話しかけてたけど、ウサちゃん、あたしのこと怖がってるみたいだったから……」


「それは……。早乙女さんは明るくて、私と全然違いすぎて……」


 ううん、違う。言いながら気づいた。

 私、決めつけちゃってた。私とは違うから早乙女さんとは絶対に合わないだろうって、必要以上に怖がって。早乙女さんが本当はどんな子なのか、ちっとも知ろうとしなかった。


 私、早乙女さんにとても失礼なことをしていたんだ。ユエの言ったとおり。話してみないとわからなかった。


「もしかしてウサちゃんって呼んでいたのは、あの日のことがあったから?」

「そ、そうだよ! あの日はあたしにとって特別な日なんだから……!」


 って、両手で顔を隠す早乙女さん。声が裏返っている。恥ずかしいのをごまかそうとしているんだってわかる。私は、くすっと吹きだした。この子、こんな一面があったんだ。


「け、けど、バレたらバレたでウサちゃん呼びって恥ずいね?! ほ、他の呼び名考えよっかな!」

「……じゃ、千弦」


 そっと、手を外す早乙女さん。ぱちくりと、目をまばたき。


「千弦って、呼んでくれる? 私もこれから早乙女さんのこと、瑠歌ちゃんって呼んでいいかな?」


 直後。危ないよ! ってくらい、何度も縦に振られる首!


「うっ、うん! いいよ、いい! 呼んで、千弦!」

「る、瑠歌ちゃん」

「はいっ! 瑠歌ちゃんだよ、千弦!」


 ぎゅって手を握られる。にこって笑う早乙女さん……瑠歌ちゃん。今まで見たことがない、一番の笑顔をしていた。


 今までギラギラに明るい子って思ってたのに、こうしてちゃんと見たら、全然違う。キラキラなのには変わりないけど。ぽかぽか暖かい。太陽みたいな子なんだ、瑠歌ちゃんは。


 私もぎゅって手を握り返す。と、そのときだった。


 なんだか、空気の流れが変わったような……。


「……お前達、なんか元気だな?」


 がちゃってドアが開く音と、男の人の声。


 開いた鉄格子の向こうで、サクヤさんが呆れた顔で立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る