第17話「狙われた地球」
「早く! こっちだ!」
なんでここにとか、どうしたんだろうとか、考えている余裕はない!
私と早乙女さんはユエに言われるまま、体育倉庫に飛び込んだ。ウサギの巨大な群れはもう目前だったけど、ぎりぎり、扉を閉められた。内側からしっかりと鍵をかけたユエが、次にしたことは。
「ごめん! ごめんチヅル、すまない! 全部僕が悪いんだ、僕のせいなんだ!」
「待って、何、何が起きてるの? 何を言ってるの?」
すっかり涼しい季節なのに汗をびっしょり掻いているユエが、こう叫んだ。
「今、地球を襲っているウサギは……全部、セレーネ人の仕業なんだよ!」
「……は?」
セレーネ人? なんでセレーネ人が出てくるの?
「……昨日、父上が長い眠りについた」
「王様が……」
「それで昨日一日、ずっと忙しかった。今日も忙しくなるだろうって思ってたんだけど……。朝起きたら、城にも町にも、人がほとんどいない。何があったか聞こうにも、城の者が全然見当たらない。
だから町に出てちょうど会った子どもに、お父さんやお母さんはどこに行ったか聞いたんだ。
そうしたら……町の人たちと一緒に、地球に行っている、って。地球を手に入れるために戦っている、って……」
「……何、それ?」
意味がわからない。もっとわかるように話してほしいよ。ユエは今何を言っているの? なんで、月の国と地球が戦うの?
「あ、あのー……」
と、私とユエ以外の声……あれ?
「……早乙女さん?! な、なんでここに?!」
「き、君は確かルカだったね?」
「ず、ずーっといましたけど……。あ、あの、セレーネ王国って何? いやそもそも。ユッくんって、まじで何者?」
そうだ。次から次にわけのわからないことが起きすぎていたせいで、早乙女さんがいることをすっかり忘れちゃっていた。笑顔の引きつっている早乙女さん、初めて見たよ。
どうするのかと思ったけど、少し迷ってからユエは「実は」って、早乙女さんに自分のことや王国について説明を始めた。
話し終わるころには早乙女さんから笑顔がなくなって、ぽかーんと口も目も開きっぱなしになっていた。
「ド、ド……ドリームな話だね? メルヘン超えまくって宇宙に行っちゃってる感じ……」
「でも本当のことなんだよ。信じてくれるかな?」
「し、正直なーんもわかってないけど、おかしなことばっかり今起きてるもんね。あ、あたし、自分の目で見たものは信じるタイプだからさ。う、疑わないよ」
あははって、ひくひくした笑顔。そりゃ受け入れにくい話だよね……。「疑わない」って言えるだけ凄いよ……。
「えーと。で、ユッくんの話聞いて思ったんだけどさ。なんで地球が、ウサギの群れに襲われているわけ?」
「それなんだけど、くわしい理由が不明なんだ……。僕は子どもから話を聞いたとき、チヅルのことが頭に浮かんだ。襲われているのなら、チヅルは今どうなっているんだって。地球に向かおうとしたら、急に、兵士が何人もやって来たんだ。
兵士は僕のことを捕まえて、僕の部屋に無理に連れて行って、部屋に鍵をかけて閉じ込めたんだ。何も説明されなかった」
「ユ、ユエは王子様でしょう? なのに捕まるって?」
「僕にもわからない。何を聞いても黙ったままだから。とにかく、みんな様子が明らかにおかしかった。でも、一つだけ答えてくれたことがあった。なぜ地球を襲うんだって聞いたら、僕を捕まえた兵士は揃って、“地球が欲しいからだ”って言ったんだ。そのために、セレーネ王国の国民ほぼ全員が地球に向かっている、とも」
「そんなの答えになってないよ!」
私は叫んでいた。なんで欲しいのかとか、なんで国民全員でとか、そこがわからないと何もすっきりしないじゃない!
理由があって襲われるのも困るけど、理由がなくて襲われているこの状況は、もっとよくわからないよ!!
「僕も同じ気持ちだ。閉じ込められる理由なんてないし、抜け道を使って外に出たんだけど……町を走っていたら、たくさんの兵士が追いかけてきたんだ。止まれと言っても何を言っても、兵士はどこまでも追ってきた。……ここを見てくれ」
ユエが羽織っている白いマントを見せる。はしっこのほうが少しだけ切れていた。
「斬られたんだ。剣で」
「斬られた?!」
「けど、なんとか振り切れて地球まで来られた。だけど町の様子を見て驚いた。ウサギの手で家や店がどんどん荒らされて、壊されていっているんだ。しかも、世界各地で同じ騒ぎが起きているっていうじゃないか」
やっぱり私の町も、ウサギに襲われていたんだ……。外はどうなっているんだろう? あんなにたくさんのウサギが押しかけてきて、学校や先生やクラスの子達は。
「これから、どうなるの? 大丈夫じゃ……ない、よね……」
ウサギがそんなに強い動物じゃないのは知っている。飼育委員だもの。でも、何十匹も何百匹も何千匹も集まったら、どんなに弱くても話は違う。
このままウサギ……ウサギに変身したセレーネ王国の人たちが地球で暴れ続けたら、何が起こってしまうの?
と。ぽんって肩に手が置かれる。
「大丈夫だよ、チヅル」
ユエは、笑ってた。
そして、あの三日月の形の花をいくつか渡してきた。
「実はこれを届けに来たんだ。香りが地球人の匂いを消してくれる。ウサギのセレーネ人に勘付かれる可能性が低くなるはずだ」
「これを届けに、わざわざ?」
そんな。危険な目にあってまで、わざわざ……。
と、その瞬間。なぜか、胸に、とても強い不安が生まれた。
「……ユエは、今からどうするの?」
すると、ユエはとても穏やかにほほえんで、首からかかっているセレーネ・クロックを触った。
「これをしたら、一時的な対策になるっていう方法に心当たりがあるんだ。王国に帰らないとできない方法だから、戻って試してみるよ。じゃ、もう行くね。あの窓からウサギになって出るから。扉は開けないよ」
ユエが指さしたのは、体育倉庫の天井の近くにある小さい窓。そこに向かって歩き出したユエの手を、「待って!!」と急いで掴む。
「行っちゃだめだよ! 捕まって閉じ込められて剣で斬られそうになってって、危ないことばっかり起きているじゃない! なのに王国に行ったら、まだ同じことされるよ!」
「けど、僕が地球にいても何もできない。だったら、少しでもできる可能性があることをしたいんだよ。僕、割とすばしっこいから大丈夫だ」
「だけど、でも!」
言いたいことが山のようにあるはずなのに、言葉がまとまってくれない。何か言わなきゃって思うのに、早く早くって気持ちだけしか溢れてこないんだ。そんな暇ないのに!
「あのー……」
と、また早乙女さん。
「気のせいかもしれないけどさ。なんか倉庫、ミシミシいってない?」
ミシミシ? 耳をすませてみたら。
ミシミシ、ギシギシ。確かに、倉庫が変な低い音を鳴らしている。重いものが上に乗っかっているような……。その一秒後。
みしみし、めりめり、がらがらあっ!!!
物凄い音を立てて、天井が真っ二つに! 上から降ってきたのは……大量の真っ白い毛玉。ウサギだ!!
うわーーーっ!!! 頭が真っ白のまま、私達は外に飛び出した。嘘でしょ、コンクリートでできているんだよ?!
ウサギの下敷きにはならなかったけど、また校庭を追われることになる。追いかけるウサギ、走る私達。
「二手に分かれよう! 君達はあっちへ逃げてくれ!」
ユエが走っていこうとしているのは月見ヶ池のある方角。このまま帰る気なんだってわかった。
私は、どっちへ逃げようか一瞬迷ったけれど。後ろから追いかけてくるウサギを見て……。決めた。
「私も行く!」
「なんだって?!」
「だって逃げ切れる自信が全然ないもの! 私凄い運動苦手だから、多分すぐ捕まるし! あとやっぱり! ユエが心配だから! こんな私でも、味方が一人でもいれば全然違うでしょう!」
「で、でも!」
「ほら、もうすぐ森だよ!」
言ってる間に月見ヶ池の森だ。池が見えてきた。ここまで来ちゃったらもう同じ!
「チヅル、待て! 考え直すんだ! 危険だ!」
「地球にいても危険だもん!」
ユエ、最初にセレーネ・クロックをどう使ってたっけ。確か針を、その日の月齢の数字に合わせてた。確か今日の月は。天気予報で言っていた。満月って。十五夜だ!
蓋を開けて、針を15に合わせて。鏡を、空に向ける。月は出てないけど、見えていないだけ。月そのものは、確かにそこにある。
水面が、眩しく輝き出す! 光はそのままトンネルになって、真っ直ぐ空へ。
と。がさがさ、芝生をかき分ける音。振り返ったら、ウサギの集団がどんどん近づいてきていた。
どっちみち、逃げるしかない! 私はユエの手を掴んで、光に飛び込んだ。
と同時に、あいているもう片方の手が、誰かに握られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます