4章「灰色の影」

第16話「ウサギが……」

 火曜日。2時間目の授業が急に自習になって、教室は大盛り上がり。勉強する人は一人もいなくて、みんなお喋りしたりお昼寝したり、自由に振る舞い出す。


 途中で誰かがスマホを取り出した。あれって持ってきていいんだっけ……? そんなことを考えていたら。


 じわ、じわと。スマホを見ている子のまわりに、クラスの子達が集まりだした。


 5分もしないうちに、私を除くクラス全員が、その子のまわりに集まった。いくつかのグループに分かれていることが普通だから、一つのかたまりになっているのを見るのは初めて。


 かたまりからは、「これ、大丈夫?」「さすがに嘘でしょ?」なんて、慌てているような、面白がっているような声が聞こえてくる。


 明らかにおかしな状態にちょっと気になって、私はかたまりの一番外側にそーっと近づいて、その子のスマホの画面を覗いた。


 そこには。


『突然現れたウサギの群れが、町を襲っています! またこの現象は全国各地で起きているようで、専門家は……』


 その子が見ていたのはニュースのライブ映像だった。焦っているリポーターの後ろで。


 ウサギ、ウサギ、ウサギにウサギ。白や黒に茶色、垂れ耳に立った耳。あらゆるウサギが、道路の灰色が見えないくらいに、道を埋め尽くしていた。


 何十匹も集まったウサギが、家の窓ガラスを割ったり。色んな店の品物をぐちゃぐちゃにしたり。食べ物を盗んだり。驚いている通行人に飛びかかったり、蹴ったりかじったり。


 好き勝手に暴れ回る、数え切れないウサギの姿が、画面に流れていた。


 リポーターの人が言うには、ウサギのせいで色んな町で電気や水道やガスが止まっているんだって。病院がパニックになるくらいケガをした人がどんどん増えていて、その病院もウサギに襲われているんだって……。


「まさか自習ってこの事件が起きたから?」

「ええ、でもウサギでしょ? なんか大げさだよ」

「そうだね、ウサギってかわいいし」


 って、みんな言っていたけれど。


『ウサギによる被害はとどまることを知りません! 捕獲作業は全く追いついておらず、負傷者が多発……うわああっ!!!』


 突然、リポーターの後ろから十何匹のウサギが一度に飛びかかってきた!


 カメラマンも同じように襲われたみたいで、『わーーーっ!!!』て悲鳴の直後、ばたんって画面が横に倒れて、真っ黒になる。


 ニュースを見ながらざわざわしていたはずのみんなが、しーんって静かになる。


「……え、何これ」

「本気でやばいことが起きてる……?」


 楽しくお喋りしている子は一人一人と消えていく。どうしようどうしようって、不安な声が次々に上がる。


 私も、わけがわからなかった。ウサギが町を襲っているって、何? 突然すぎて、正直本当だと思えないよ。さすがにドッキリでしょう?


 と。ふらっと、みんなの集まりから一人だけ出ていく影を見つけた。


 ――早乙女さん?


 突然、早乙女さんは教室を出て行ってしまった。その横顔を見て、びっくりした。みんなは気づいていないみたいだったけど。


 信じられないけれど、見間違いじゃない。早乙女さんとは思えないほど、暗くて、悲しそうで、今にも泣き出しそうな顔になっていたんだ。


 私はその場で立ちすくんでいたけれど、あの顔を忘れられなくて。


 急いで教室を出て、早乙女さんを探した。




 早乙女さんは、校庭のウサギ小屋の前にいた。金網越しにしゃがんで、ウサギを見つめている。


「さ、早乙女さん」


 と。早乙女さんは、ごしごしと目元を袖で拭いて立ち上がった。


「あれ、どうしたのウサちゃーん!」


 振り返った早乙女さんは笑顔だったけど……目のまわりが赤くなっていた。


「だい、じょうぶ?」

「何が? 全然大丈夫だよー!」


 あっけらかんとしている早乙女さんは、本当に全然大丈夫そうだ。勘違いだったのかな。それとも余計なことをしちゃったかな。


「ご、ごめんなさい。あの、た、体調が悪そうに見えたから。気になって……」

「あ、心配かけちゃったんだねえ。こっちこそごめんね。あたしは大丈夫だよ! 本当、ウサちゃんって優しいね! ……変わってないね」


 変わってない? 最後のほう、凄く小さい声だったけど聞こえた。


 早乙女さんとは今年初めて、クラスが一緒になったはずなのに。どういうことって聞こうとしたけど、「教室戻ろうよー」って歩き出してしまう早乙女さん。聞きそびれた私は、とりあえずあとを追った、そのときだった。


 地面がかすかにぐらぐら。揺れ、てる? 地震?!


「ね、ねえ」


 早乙女さんが、私の背中の向こうを指さす。振り返ってみたら、その先にあるのは校門。校門の向こうから……雪? 積もった雪が近づいてきている?


 いや、そんなわけない。じゃ、あの道路の右から左まで埋め尽くす白いかたまりは……。


 ウサギ?!?!?!


 どどどどどって物凄い勢いで、ウサギがこっちに走ってきている! 100? 1000? 数はわからない、それくらい多いから!


 ウサギは軽く校門を飛び越えて、真っ直ぐこっちに向かってきた!


「きゃーーーっ!!!」

「ウサちゃん、こっち!!」


 早乙女さんのあとを追って、とにかく走り出す!


 校庭の土の色が、ウサギの白色にあっという間に変わっていく。ああ雪みたいで綺麗……なんてのんきなことは一切言えない!


 ウサギは走るのが得意。だから、一生懸命走っても、どんどん距離が縮まっていく。とうとう足下のすぐ後ろまでウサギが迫ってきた! 追いつかれる!


 そのとき!


「チヅルーーー!!」


 ユエの、声?


 はっと前を見たら、そこにあったのは扉の開いた体育倉庫。その前に、真っ青な顔のユエが立っていた。

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