第15話「“ルーナニウム”」
「チヅルがセレーネ人の言葉がわかったのは、ルーナニウムの力によるものなんだ」
「ルーナニウム?」
「セレーネ人だけが感じ取れる、セレーネ王国に満ちている空気中の成分の名前だよ。酸素や二酸化炭素と似たようなものだ。セレーネ人はこの頭の触覚で、ルーナニウムを吸収しているんだ」
ユエは頭のウサ耳を指さした。ぴこぴこ、ちょっとだけ動く。それ、耳じゃなかったんだ!
「ルーナニウムはたくさんの不思議な力があると言われているんだけど、僕達王国の者でもわかっていないことが多いんだ。全部調べるには1000年以上前までさかのぼらないといけないし、前の星についても調べないといけないから大変でね……」
「ま、前の星?」
「実はセレーネ人はもともと月に住んでたわけじゃないんだ。地球よりもずっと遠くにある、セレーネ星っていう星が故郷なんだよ」
ユ、ユエって宇宙人ってこと?! ……いや、月に住んでる時点で宇宙人だったね。
「セレーネ星にもルーナニウムが満ちていたんだけど、あるときからどんどん空気中のルーナニウムが少なくなっていったんだ。星の環境による変化だった。ルーナニウムは大地から生まれるものだから。
このままではルーナニウムなしでは生きられないセレーネ人に危険がおよぶ。ご先祖様はセレーネ星を離れる決心をした。長く宇宙を旅していると、やがてルーナニウムと同じ成分を育む星を見つけた。それが月だったんだ。
1000年以上前、ご先祖様は月に移り住み、セレーネ人以外からは王国の姿が見えなくなる結界を作り、王国を築き上げたんだ。この結界っていうのも、ルーナニウムの力によるものだと考えられているよ」
壮大な話だ……。深く考えたら、くらくらしてくる。空を見つめてぼんやりしていると。
「チヅル? 大丈夫? 具合が悪いの?」
直後。ぴた、とおでこに手が添えられる。……手?
ユエが私のおでこに手を当てていた!
「熱はないみたいだけど……。って、なんか熱くなってきた?! 大丈夫、本当に!」
熱いのはユエのせいです! もちろん言えない私は、口をぱくぱくさせていた。
そのとき。
「ウサちゃーーーん!!!!!!」
「きゃあああっ!!!」
心臓が口から飛び出るかと!
一体誰の仕業……早乙女さん?!
「早乙女さん、どうしてここに!」
「お買い物だよー! カワイイもの探しはあたしにとってなくちゃならない趣味だからねっ!」
「そ、そうなんだ……」
早乙女さんは色んな店の袋をいくつも手に持っていた。本当にショッピングが好きなんだなあ……。
……あれ? なんか今日の早乙女さん、いつもと比べて静かなような。普段ならもっとまばたきする暇もないようなマシンガントークをしてくるのに。
不思議に思って様子を見てみたら。早乙女さんは、ニヤ~って、今まで見たことのない笑い方をしていた。
「あらー、ウサちゃんったらやるじゃないの……! ここにいるこのイケメンくんは何者だいっ?!」
「えっ、えっ? ユエ?」
「あ、こんにちは。僕はユエっていうんだ。よろしくね」
「へえ、じゃあユッくんだね! あたしは瑠歌だよー、よろしくっ! ウサちゃーん、こんなスーパーハイレベル彼氏がいるなんて聞いてないよー! 言ってよお、なんで言ってくれなかったのさあ!」
「あ、あの早乙女さん、ユエは彼氏じゃ!」
「えー、デートしてるのに? しかもお揃いのウサ耳までつけてるのに! いいよいいよ、瑠歌ちゃんはわかってますから!」
「デッ、デートじゃ!」
ない、って言おうとして。あれ、って思った。
二人で町に出かけて、二人で歩いて、二人でお話して……。
いやこれデートって言うやつじゃないのっ?!
「デデデデデートじゃ!!!」
「ユッくーん、彼女ちゃんとのデートの感想を一言プリーズ!」
「よくわからないけど、チヅルと過ごす時間はとても楽しいよ」
ユエーーー!!!!! さらっと何を言っているの?!
きゃーって早乙女さんが、両方のほっぺたに手を当てた。
「格好よすぎー! ステキなデートの邪魔しちゃ悪いよね! あたしはここで退散しまーす!」
「さっ、早乙女さん待って!」
「ウサちゃーん、学校でくわしい話いっぱい聞かせてねー! 絶対だよーーー!!!」
「違うんだってばー!!」
ひゅーひゅーって口笛を吹きながら、早乙女さんは踊るように行ってしまった。
や、やっぱりいつ見てもエネルギーに溢れている子だ……。違うって説明する暇が全然なかった。これどうしようって冷や汗が流れたとき。ふふって、後ろから吹き出す声が。
「あ、ごめん笑っちゃって。でも安心した。チヅル、ちゃんといるじゃないか。友達が」
「さ、早乙女さんは友達じゃないよ。全然違う性格だから、話も合わないし……」
「でも、向こうはチヅルと話したそうにしていたよ?」
「早乙女さん、みんなとすぐ仲良くできるから。私と話したそうっていうのは感じるけど、でも前に話しかけてくる理由を聞いたら、なんとなくってしか言われなかったし……」
「僕は君達が話しているところ、なんだか楽しそうに見えたよ。思い切って、彼女と話をしてみたらいいんじゃないかな? 今まで気づかなかったことに気づくかもしれないよ」
「う、うーん……」
た、楽しそうに見えたんだ。どこをどうやったらそう見えるんだろう……?
それにしても、早乙女さんと話す、かあ……。テンションが激しいところがなんだか怖くて、つい逃げちゃってたけど。でも、悪い人ではなさそうっていうのはずっと感じているんだよね。
「わ、わかった。少し話してみるよ」
ここで早乙女さんに話しかけるっていうのも、一歩を踏み出すことになるよね。私はユエと約束した。
それから、色々なことを話して、夕方。ユエは月見ヶ池に飛び込んで、セレーネ王国に戻っていった。また来るねって、笑っていた。私も手を振って見送って、ユエがいなくなったあとも、ぼんやり月見ヶ池を眺めていると。
背後に誰かが立つ気配。びっくりして振り返ったら、そこにいたのは。
「あ、あなた!」
――サクヤさんだった。
全然気づかなかった。どうしてここに。……まさか、今日も尾行していたの?
体がこわばる。ユエから毒の話を聞いたからだ。目の前にいるのは、ユエをひどい目にあわせたかもしれない人なんだって思ったら、勝手に……。
「お前はユエに何をする?」
「……えっ?」
「ユエは王子だ。ただの子どもじゃない。ユエと付き合い続けるなら、お前はユエに何ができる?」
急に何? 何が聞きたいかどうかがそもそもわからないよ。
答えられずにいたら、はあってサクヤさんはため息を一つ。
「……近いうちに大きなことが起こるだろうな」
池に飛び込む寸前、サクヤさんは鋭い目つきで、私を見た。
「それだけ伝えに来た」
って言い残して。サクヤさんも、王国に帰っていった。
なんだったの……? 私は何がなんだかわからなくて、もう深く考えないようにしようって思った。
この数日後、あんなことが起こるなんて、想像もしていなかったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます