第14話「ユエとお出かけ!」

 ショッピングストリートについたユエは、まるで小さい子どもみたいになっていた。目線があっちに行ったりこっちに行ったり、忙しい。興味津々って顔でずっときょろきょろしていて、好奇心を抑えられないみたい。


 あれは何、これは何って顔に出ているけど、私に聞いてくることはしなかった。「さすがに、王子としてマナーが」だって。気遣わなくて大丈夫なのにな。けど、ユエにはユエの考えがあるんだよね。


 着いた本屋では本棚を見上げて一言、「全部読みたい」って。私が買う本を選んでいる間、少し立ち読みしていた。


 そういえば字がわかるのかな。というかなんで言葉が通じているんだろう? 

 そのとき気づいたからユエに聞いたら、


「僕、地球語をそれなりに勉強しているんだよ。実はセレーネ王国では、地球語の勉強もできるんだ。空を見上げたらすぐ見つけられる星の文明には前から興味あったから、6歳のころから地球語について学び始めたんだ」


 私なんて、英語も上手くできるか不安だなって思っているのに。ユエは別の星の言葉をマスターしているなんて……。しかもそれを普通のことみたいに話す。もう、凄いって言葉以外が浮かんでこないよ。


「チヅルにセレーネ人の言葉がわかる理由だけど、これはセレーネ王国に入ったら、言葉が勝手に通訳されるようになるんだ。セレーネ王国には見えない不思議な力が満ちていて、その力のおかげなんだよ。“力”についてはここで言うと長くなるから、もう少し後で話すね」


 不思議な力、かあ。王国もユエそのものも「不思議」でできているようなものだから、あまり驚かなかった。


 次に行った和菓子のお店。もなかを買う間、ユエはショーケースに入れられている和菓子をじっと見て、「見たことないお菓子だ……」って呟いていた。セレーネ王国には和菓子がないんだね。


 試食で、一口サイズのおまんじゅうが、つまようじに刺されておぼんの上に置かれてあった。サツマイモでできたあんこのおまんじゅうだって。


 ユエに食べてみるようおすすめしたら、ユエはおまんじゅうを口に運んでよく噛んだ。直後、ユエはかっと空色の目を開いて。


「は、初めて食べる味だ……! 優しいのにしっかりとした深みがある。口の中にじんわりと甘さが残って、どんどん広がっていく!」


 お兄ちゃん食レポが上手だねえって、お店の人が笑った。もっとどうぞってすすめられて、ユエはおまんじゅうをもう一つ手に入れた。


 これでお買い物は終わったんだけど。ユエが店を出たあとで、「少し休もうか」って、近くにあったベンチを指さした。


 座ってから、ユエはもらったおまんじゅうをすぐ食べようとせず、黙って見つめていた。


「どうかした?」

「あ、うん……。これ、甘さ控えめだから。好きだろうなって思って」

「誰が?」

「……サクヤ」


 え?


 ユエは気まずそうに笑って、「聞きたい?」って聞いてきた。気になるのは、確かだけど。言っていいのかな。えっとって口ごもっていたら、ユエのほうから話し出した。


「サクヤと会ったのは7年前だ。ある村の視察に家族と来ていたんだけど、僕はまだ5歳だったからね。一人で森に遊びに行って、迷って、ケガまでした。泣いていたところを助けてくれたのが、その村の子どものサクヤだったんだ。その一年後、城に泥棒が入った。犯人はサクヤだった」

「え?!」

「母が病気で、治らないんだって。ありったけの薬を買いしめるためのお金を手に入れるため、城になら高く売れるものがあると思ったらしい。そんなことを知らない僕は、サクヤとまた会えたのが嬉しくてね。捕まりそうになっていたから焦って、サクヤを側近にするって言ったんだ。それからずっと一緒だった。勉強のときも稽古のときも、いつもサクヤが隣にいてくれた。……彼の母が亡くなったときは、僕がそばにいる形になったけれど」


 楽しかったな、あのころは。そう言うユエの横顔は、凄く優しくて、幸せそうだった。


 けれど。


「……2年前、父上が倒れてすぐのころだったかな。僕、高熱が出て、何日も起き上がれなかったことがあるんだ」

「え……風邪?」

「食事に毒を入れられたんだよ。犯人はわからない」


 私は、息をのんだきり、反応を返せなくなった。毒? ユエに?


「でもそのときの状況から、サクヤなんじゃないかって言われている。証拠がないから、今も城で働いているけれどね。……僕も、疑ってはいない。疑いたくないから。だけどそのころからなんだよね、サクヤの態度が急に変わったのは」


 空気が、ずっしり重たい気がする。


 ユエはおまんじゅうをぱくっと口に入れて、飲み込んだ。


「あ、そうだ。せっかくだしさっき言った、セレーネ王国の不思議な力について説明しようか」

「……うん、お願い」


 急に話題が変わる。重たい空気を変えようとしてくれたユエの気遣いだって伝わったから、私はうなずいた。

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