第12話「これで、さようなら?」
「お父さん……病気なの?」
離宮を出て、少し歩いて。散歩をしながら、私は聞いた。かもしれないなって感じていたけれど、ユエからの答えはやっぱり。
「うん。だから王様だけど、王様の仕事ができないんだ。叔父上が全部かわりにやっている」
ユエが少しさみしそうな目をしているのは、私の気のせいじゃないと思う。
「父上のためにも、早く王子としての仕事ができるようになりたいんだ。立派に育ちましたって、父上に見せたいんだ。でも、なかなかね。叔父上にもずっと言っているんだけど、ユエはまだ子どもだから、王子としての仕事よりも、子どもとして遊ぶのをするほうが先って言って、聞かないんだ。子どもの仕事は遊ぶことだからって。父上もそれでいいって言っているし……」
気持ちはわかる気がするけど、ユエは全然納得してないって顔をしていた。
「ついてきてくれてありがとう。チヅルに、僕の父を会わせたかったんだ。父上、元気だったころはとても優しくて頼もしくて、強くて格好いい王様だったんだ。僕は父上が一番の自慢で、大好きだから。チヅルにも紹介したかった」
「私も、王様に会えてよかった。連れてきてくれてありがとう。」
でも……。ユエのお父さんの姿は、少しショックだった。私はお父さんもお母さんも元気だから、お父さんが病気の子ってどんな気持ちでいるんだろうって、今まで考えたことなかった。
そんなことを考えていたら。
「ユエ様ー!」
道の向こうから走ってきたのは、10歳ぐらいの男の子と5歳ぐらいの男の子の兄弟達。ウサギの耳を揺らせてユエに近寄ってくる。ユエはすぐ、にっこりと笑って、「こんにちは」と笑った。
「ユエさま! 見てください、これ!」
弟のほうが、手に花かんむりを持っていた。色とりどりの花で綺麗に作られたかんむりを自慢げに見せてくる。ユエにあげるのかなって、心が温かくなっていたら。
「これ、エクリプスさまにあげてください! いつもありがとうございますって心をこめて、がんばって作ったんです!」
「エクリプス様には、本当に感謝しているんです! 学校を新しくしてくれたし、村が使う水路も直してくれたし、父さんも母さんもありがとうございますって何度言っても足りないって!」
お兄ちゃんのほうも、目をキラキラさせながらそう言ってくる。
「あと、村で使っている共用の畑を広くしたいって言っていて。ユエ様、エクリプス様に伝えてくれませんか? エクリプス様に話しかけるのは緊張しちゃうから……」
「ああ、わかった。間違いなく、叔父上に伝えておくよ」
「ユエさま、これ! これ、ぜったいエクリプスさまにわたしてください!」
弟のほうがジャンプしながら、花かんむりをアピールする。ユエがくすっと笑って、それを受け取ろうとしたときだ。
横から、花かんむりが掠め取られた。いつの間にか、そこには……。
「これは、俺がエクリプス様に渡しますね。ユエ様は忙しいので」
って。サクヤさんが無表情で言った。声は冷たいし、目つきも鋭い……。兄弟はびくって震えて、逃げるように走って道を引き返していった。
ぽかんとして目を見開いていたユエだったけど、次の瞬間。
「サクヤ、何をする!」
耳がびりびりするような声で、そう怒鳴った。
「子どもにあの態度はなんだ! しかも、僕は忙しくもなんともない! あの子達は僕をせっかく頼ってくれたのに、なんでこんなことを!」
「俺は何もしていません。それに、伝言ゲームをすることが王子の仕事なのですか?」
空気がひりひり、痛い感じだ……。どうしようって思うけど、でも私は、おろおろするしかできない。
と。
「……サクヤは、なんでここにいるんだ?」
ユエが、サクヤさんを強く睨んだ。
「たまたまではないだろう。城の仕事があるんだから。……尾行していたのか?」
「……だったらどうします?」
「そこまで僕が嫌いかっ!!」
最低だ、とユエにしては低い声で言って。ユエは私の手を掴むと、早足で歩き出した。
私の心臓はずっとドクドク言っていて、手が震えてどうしようもなかった。
歩き出して何分かしたら、ふとユエが立ち止まった。
「……ごめん、チヅル。取り乱してしまったね」
「う、ううん。気にしないで」
「サクヤ、本当に何を考えて……。いや、今はどうでもいいな」
と、ユエが振り向いた。
「それよりもチヅル。さっき父上の部屋で時計を見て気づいたけど、君はそろそろ、地球に帰ったほうがいいかもしれない。今ごろ、地球は夜になってるよ。お父さんとお母さん、心配するんじゃないかな?」
嘘、夜って! 何時に帰るって連絡もしてないし、それはすぐに帰らないとまずい!
……けど。
「帰り方は簡単だよ。とりあえず、最初に来た池まで行こう」
歩き出したユエのあとを、とぼとぼついていく。さっきまでと全然違う。足がなんだか重いよ。歩きたくないなって思っちゃう。
私は、セレーネ・クロックの力で月の国にやって来た。地球の人がセレーネ王国に行くには、セレーネ・クロックの力がないとだめなんだって。そのセレーネ・クロックは、ユエに返した。
なら帰ったら、私はもう、月の国に来ることはできなくなる。ユエと、会うことができなくなるんだ。
やっと、ユエ“と”話せたのに。こんなあっという間に、終わっちゃうなんて。
三日月の花に囲まれた池には、すぐについちゃった。「この池は、地球の月見ヶ池と繋がっている。池に飛び込むだけで帰れるよ」なんて説明される。飛び込んじゃったら、それっきり、ユエと会えなくなるんだ……。
いやだな。さみしい。もっとお話したい。まだ全然お話しできていないのに。話したいこと、もっとあるのに。もっと、ユエと一緒にいたい。
だけど、ずっとセレーネ王国にいるわけにはいかない。わかってるけど、でももう少しいられないのかなって思ってしまう。
池のそばに立ち続けて、ちょっとの時間稼ぎをしていたら、とうとうユエに聞かれちゃった。
「チヅル?」
「これで、お別れなの?」
私は振り向いた。ユエは何度かまばたきして、それからうん、って優しくほほえんだ。
「そうだね、お別れだ。だから、元気でね。チヅル」
鼻が痛くなって、目の奥が熱くなる。あっ、だめだ。このままユエを見ていたら、私、どんな汚い泣き顔を見せちゃうかわからない。
「ユエも、元気でね」
早口で言って、一気に走り出す。振り返らないで、えいって池に飛び込む。どぼんって音がする。目は開けてたけど、飛び込んだ瞬間に何も見えなくなった。
草のにおいがして、はっと飛び起きた。あたりは薄暗い。
きょろきょろ見回したんだけど、三日月の花はどこにもなくて、目の前にはまわりを木にかこまれた池があった。ユエも、いない。
池に、月が映っている。上を見たら、夕方に見たときよりも高い位置に浮かぶ月が輝いていた。
やっぱり、月見ヶ池のそばで寝ちゃってたのかなって思う。けど、首のあたりを触ったら、今日は確かに身につけていたはずの、月のコンパクトペンダントがなくなっていた。
夢じゃなかったんだ。全部。
ちょっと目を上に向ければ、すぐ月が目に入る。あの月の光とそっくりな、優しい笑顔を見せる男の子と出会ったことも、夢じゃなかったんだ。
「さようなら、ユエ……」
言葉にしたら、本当に「さよなら」したんだってわかってしまう。
胸が苦しい。すごく。ちょっとでも力を抜いたら涙がこぼれてきそうだった。
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