第11話「静かな離宮」
「チヅル。もう一つ、付き合ってくれないかな?」
リプンも食べ終わって、紅茶も飲み終わると、ユエからそう言われた。
「騒がしい場所では絶対にないよ。大きな音を出したらだめなところだから。でも、楽しい場所でもないと思う。大丈夫、かな?」
「そんなの気にしないよ。それより、大きな音を出したらだめなんだよね? 気をつける」
「ふふ、ありがとう」
こっちだよって、丘を登ってきたときとは反対側を下った。
丘を下りて、草原を進んでいく。すると、すぐに草原の中に、石畳の道があらわれた。そこをまっすぐ歩いていくと。
白い柵にかこまれた、大きなお庭のある広い建物があった。白い壁に白い屋根の、横に長いお屋敷。だからかな、二階建てなのに凄く大きく、高く見える。
「離宮だよ。もう一つのお城みたいな感じ」
「どうしてここに?」
「父上がいるんだよ」
門の前に兵士さんが立っていたけど、ユエと私を見たらすぐ通してくれた。
離宮の中は、やっぱり私の家よりもずっと広くて、ユエとはぐれたらすぐ迷子になってしまいそうだ。けど、お城と違って、あのお城よりも、ずっとずっと静かだった。
廊下を歩くお手伝いの人があまりいないし、いても、物音や足音を立てないように、凄く静かに歩いている。ユエを見ても騒がないで、「お帰りなさいませ、ユエ様」って、頭を下げながら小さな声で言うだけ。
自分の足音ばかりが目立っているように聞こえる。どこに向かっているんだろう? ユエも何も言わないし……。私は落ち着かない気持ちでユエのあとを追う。
ユエが立ち止まったのは、二階の一番奥の部屋の前だった。両開きの、天井まである凄く大きな扉の部屋。そばに兵士さんも立っている。ユエは大きなドアを3回ノックした。
「父上。ユエです。入ってもよろしいですか?」
「……お入り」
少ししてから、返事が来た。返事のあとで、返事よりも大きな咳の音がした。
ユエが扉を開けて、ユエと一緒に中に入る。
白い天井に白い壁に白い床。そこは、とても広い部屋で、とても静かな部屋だった。廊下よりも静かで、時計のカチコチという音が一番大きく聞こえるくらい。テラスに繋がっている、大きな白い窓から、暖かそうな光が差し込んでいる。
その窓のそばに、大きな白いベッドがあった。天井がついていて、天井からレースが下がっている豪華なベッド。そこに、誰かが寝ていた。ユエはベッドのそばに立った。
「父上。お加減はいかがですか?」
「……大丈夫、だ。今日は、少し調子がいい」
ユエの後ろから、ベッドに寝ている人を見る。そこには、ユエの叔父さんよりももっとユエに似ている男の人が横になっていた。目の色や髪の色が同じなのはもちろん、鼻の形とか目の形とか、ユエにそっくり。
だけど、その人は、凄く痩せていた。ふとんの上に置かれている手なんて、骨が浮き出ていて形がわかるくらい。こんなに痩せている人、見たことない。
「ユエ、は? 元気か?」
「とても元気です。健康そのものです」
「そうか……。良かった。無事に戻ってきてくれて」
ユエの叔父さんよりも年が上に見えるその男の人は、かさかさの声でそう言った。にっこりと、口が笑っている形になる。
「セレーネ・クロックも、このとおり、無事に戻ってきましたよ。全部、ここにいるチヅルのおかげなんです。チヅルは、僕が地球に行ったときに色々助けてくれて、セレーネ・クロックも拾ってくれたんです」
「そうか、その子が……。心から感謝を述べさせていただくよ、チヅル。寝たままで申し訳ないね」
「いっ、いえ! 私は、何も特別なことは!」
ユエのお父さんに見られた私は、慌てて頭を一気に下げた。目を合わせて話し続けるのが、罰当たりなことのように感じたの。
ユエのお父さんってことは、この国の王様だ。だからかな、ベッドに横たわっているのに、それだけで輝いているみたいな、高貴な雰囲気が漂っていた。それに、声も眼差しもゆったりしているのに、力強さがあるような気がした。
「セレーネ・クロックもだが……。ユエが元気な姿で帰ってきたことが、私は何よりも嬉しい。ユエ。何度も言っているが、お前はセレーネ王国に必要な存在だ。そのことを忘れずに日々を生きるんだよ。自分の前にいる見えている民のことも、見えていない民のことも、どちらも大切にするように。それが王族としての役割だ。見えているものが正解とはかぎらないからな、ユエ……」
「はい、父上」
ユエのお父さんが、ユエの頭をゆっくりなでる。ユエはずっとベッドのそばに立って、両手をぎゅっとこぶしの形にして、頭をなでられていた。
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