第10話「誰かの世界を支えられる」
「私、ね。友達を作ることが苦手なんだ。というか、人と話すこと全般が苦手なの」
「僕とは話せているのに?」
「ユエはほら、ウサギのときからたくさん話しているし」
そう、ユエはなぜか大丈夫なんだよね。ウサギのユエならともかく、人になったユエなら緊張して上手く話せなくなってもおかしくないのに。
ユエの、月の光みたいな優しくて綺麗な笑顔を見ていると、緊張したくても、緊張が解けていくんだ。
でも、ユエ以外は……。
「その、“人と”っていうのが無理なんだ。大人しい子とか、人見知りする子って、昔からよく言われてたから……。幼稚園のころからなんだ。明るく、“入れて”って言うのがどうしてもできないの。みんなが集まって楽しく遊んでいるのを見ているだけ。先生からは、勇気を出して入れてって言ってみようっていつも言われてたんだけど、できなくて。いつもすみっこで、一人で遊んでた」
一人で遊ぶのは楽だけど、みんなで遊んだらもっと楽しいんだろうなって。そうやってする一人の遊びは、いつも胸がスースーして、さみしかったんだ。
一言、“入れて”って言えばいい話。けど、その一言を話すそれだけの、最初の一歩を踏み出す勇気がどうしても出てこないの。
「友達、一人はできたけど、その子は転校しちゃって、結局ずっと一人ぼっち。こんな自分、嫌だなって思ってるから、変わりたいんだ。もっと明るくなって、元気になって、なんでも言える子になれたらって思うけど、夢を見るばかりで、全然なれない。一歩を踏み出す勇気が、どんなに待ってても出てこないの。
……だ、だからうん、私、ずっとこのままなんだろうね! こういう性格に生まれたんだから、まあいいかって思ってるけど!」
あははーって笑ったけど、絶対上手く笑えてないよなあ……。
夢を見るって言ったけど、私の夢はユエの夢とは全然違う、アリンコより小さいもの。
それに、ユエはたくさんの人にかこまれていて、一人じゃない。私とは違う。
私とユエは、全然違うんだ。なのにこんな話をして、本当によかったのかな……。
今のユエ、どういう顔をしているんだろう。ちょっと見るのが怖いなって思いながら、そっと確かめる。
そうしたら、ね。
「話してくれてありがとう。嬉しいよ。地球で君のそういう話を聞いてから、ずっと伝えたいことがあったから」
ユエは、こっちを見て。優しく、笑っていたの。
伝えたいこと……?
すると、ユエはまっすぐ、お城と町を指さした。
「この国には、たくさんの人がいる。体の大きな人、小さな人。太っている人、痩せている人。泳げる人、泳げない人。明るい人、明るくない人。お喋りが好きな人、大人しい人。
どの人も全て、僕にとって大切なこの国の民だ。何物にも代えられない、僕の宝物だ。誰も欠けてほしくないし、欠けてはならない。色んな人がいて、その一人一人が、その人の力で王国を支えているから。これはね、チヅルにも言えることだよ」
「えっ?」
「大人しくても、友達を作るのが難しくても、話すことが苦手でも。だからといって、君に価値がなくなるなんてことは、絶対にない。誰かの世界の中では、君が欠けてほしくない人となるはずだ。その世界ではチヅルは、チヅルのままでいいんだよ。チヅルのままで、誰かの世界を支えることができる。君はそういう人だって、僕はわかるよ」
ぽかん。私は口を開けて、かたまっていた。まばたきも忘れていたから、目がからからになっていく。
目からうろこが落ちるって表現があるけど、本当にそのとおり。自分に張り付いていた皮の一つが、ぺりって剥がれて、体の内側に冷たい風が当たったような感じ。
ユエの言葉は、今まで誰にも言われたことがなかった。だから、びっくりした。そんな考え方があるなんてって。そういうふうに言葉を言うことができるなんてって。
私がこんな私のままで、誰かの世界を支える? 誰かの世界にとって、なくてはならない人になる?
「わかる理由はね、ちゃんとあるんだ。チヅル、僕に話してくれなかった? ウサギを飼っていた女の子の話」
あっ。あの話か!
あれはユエがウサギ小屋に来て一週間くらい経ったときのことだった。私は、小学三年生のときに起きた出来事の話をしたんだ。
公園に一人で出かけた私は、ブランコに座って、一人で泣いている女の子を見つけたの。
髪をツインテールにした。明るい茶髪の子。同じ年くらいのその子は、ずっとえんえん泣いてた。どうしたのって聞いたら、その子は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で言ったの。友達が死んじゃった、って。
友達っていうのは、その子が飼っていたっていうウサギのこと。外に飛び出していって、事故にあって……って、その子は泣きながら話してくれた。
一番の親友だったのにって、大好きだったのにって。あたしがちゃんとしていたらって、あたしのせいだって。あたしはウサギと友達になんてなっちゃだめだったんだって。
泣きながら言うその子の話を聞いていたら、いつの間にか私も、泣いていたの。その子がどんなに悲しんでいるか伝わって、胸が震えてどうしようもなくなっていったんだ。
気がついたら、私まで泣いちゃっていた。泣きながら、あなたは絶対悪くないって何度も言ったけど、上手く言えたかわからない。
その子は、お別れするときまで泣いていた。どうしているのかなって思うけど、名前も聞き忘れちゃったし、それっきり会えていない。
泣いている知らない子に話しかけるなんて、そのときの私、私とは思えないほど勇気のあることをしたなあ、なんてユエに話したんだっけ……。
「僕は、人のことを思って泣ける人を、初めて見たよ。チヅル。君は自分のためじゃない、誰かのために一歩を踏み出せる力を持った子なんだ。この子は信じられる子だって、この話を聞いたときに確信したんだよ」
一歩? いやいや、と私は首を振る。ちょっとユエは、私を買い被りすぎているよ……。
「ユエ、私はなんにもしてないよ? その子だって結局、助けられたかどうかわからないもの。これっぽっちのこと、一歩でもなんでもないって……」
「僕にとってはこれっぽっちじゃないんだよ。君にとっては違うんだろうけどね。まあ、今は何かしたとかしてないとかどうでもいいじゃない。僕は、そんなチヅルに出会えて本当に良かったって、心から思ったんだから」
ね、って。ユエは笑った。お月様みたいに穏やかだけど、春のお日様みたいに暖かくて優しい笑顔。
真っ白い髪が、光を透かしてキラキラしている。空色の瞳は海みたいに静か。そのままでも綺麗なのに、笑顔になるともっと綺麗。
言われたことのない言葉ばかり、いっぱい言われている。
鼻の奥がつんと痛くなって、目がぼやけてきた。
私は涙がこぼれそうになるのを、頑張って頑張ってこらえた。
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