第5話「ウサギが人間に!」

 ぱち、ぱち。何回かまばたきをする。頭に白いウサギの耳が生えた男の子が立っている。ウサギが男の子に変身して、目の前に立っている……。


 ひい、と喉に向かって悲鳴が集まっていく。私は大きく口を開けて、思いっきり叫ぼうとした。


「待って!」


 男の子は地面を蹴って、私にぐんと近づいてきた。口を手で押さえられて、声が出せなくなってしまう。


「お願い、どうか騒がないでほしいんだ。この姿を見られると大変なことになるんだよ」


 近い! 男の子が喋ると、息が顔にかかった。私の足はがたがた震えて、もう細い木の棒にでもなってしまったみたいだ。


 と。男の子の目が、私のことを真っ直ぐ真剣に見ていることに気づいた。


 あ、きれい。


 男の子の目は薄い青色をしていて、とても澄んでいたの。どこまででも遠くまで見えてしまいそうと思ったほどで、たとえば冬の朝は、これに近い色の空だと思う。けど冬の朝と違って、寒そうな青色ではない。もっと穏やかそうな青。


 髪は雪に染まったみたいに真っ白で、前髪なんて、少しでも触ったら折れてしまいそうなくらいに細くてさらさら。


 肌も今日の朝ごはんに食べたゆで卵みたいに真っ白で、すべすべ。鼻はスッとしていて、口は少し小さくて、お人形がそのまま大きくなって歩いて喋っているみたい。


 目の前の男の子は、私が今までに見たどの男の子よりも綺麗で、格好良かった。

 そんな男の子が凄く近くにいて、私の口を手でふさいでいる……。


「!!!」


 なんていう状況なの! かーっと、私の顔は急に熱くなっていった。本当に火が出てしまいそう。どくどくどくっと、心臓の音がうるさくなる。心臓の激しさで体が揺れてしまいそう。


「騒いだりしない? 大丈夫?」


 うんうん、と何度も頷く。秘密でもなんでもするから、とにかく離れてほしいという気持ちでいっぱいだった。これ以上この男の子のことをこんな近くで見ていたら、恥ずかしさで倒れちゃう!


 ここで私は、早乙女さんもだいぶ近づいてきて話してくるのに、早乙女さんのときと違って怖いって感じていないことに気づいた。


 男の子はゆっくりと手を離した。私は口をきゅっと結んでいた。私が騒がないとわかったみたいで、男の子は体もゆっくりと離れていった。ほ、と私は思わず息を吐き出した。


 私は一歩二歩と後ろに下がって、男の子の全身を、上から下まで、下から上まで見た。


 白いマントを羽織っていて、膝まである長い黒色のブーツに、白いズボン。上着も真っ白で、普通のシャツとかと違って、太ももくらいまで丈がある。それで、腰に大きな黒いベルトを巻いている。


 そでや、首を隠すえりは黄色の少しひらひらしたレースがついていて、首から腰のベルトまで並んだ7個のボタンは水色だった。


 こういう服、絵本やアニメの中に出てくる王子様がよく着ている服だ。


 男の子は、外で元気よく遊んだらあっという間にどろどろに汚れて、洗濯が大変になりそうな服を着ていた。服もかっちりしていて、動きにくそうではないけれど、はしゃぎ回るのは難しそう。


 でも私はこの男の子が、クラスの男の子みたいに、外で楽しく走ってボールを追いかける様子が上手くイメージできなかったの。


 だけど、それこそ王子様みたいに、広いホールでゆったりとお姫様とダンスを踊っている様子はすぐイメージできた。


 今まで見てきたどの男の子とも違うって、雰囲気からわかった。まずウサギから変身しているのだから、“普通”とは絶対違うのは間違いないけど……。


「あなたは……誰なの?」


 私は恐る恐る聞いた。男の子がなんて返してくるのか全然想像できない。もし、急に怖い怪物みたいになって、襲ってきたらどうしよう。ぶるぶると、また足が震えてくる。


 でも男の子は、うーんって困ったみたいに眉を下げて首をかしげただけで、急に怖い姿になることはなかった。


「わけを話すと長くなってしまうかな。それにこの学校だと、どの場所でも誰かに見られてしまうかもしれない。この近くに、大きな池があるよね? そこに用事があるんだけど、せっかくだし案内してくれないかな」

「……わ、わかった」


 学校の近くの大きな池といえば、月見ヶ池のことだよね……。


 私はうなずいた。すると、「ありがとう」と男の子はにっこりと笑った。小さな口が三日月みたいな形になる。


 穏やかで優しい笑顔に、私はこの男の子が、何かに似ているようなって感じた。“誰か”じゃなくて、“何か”。でもなんだろう……?

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