第4話「キラキラの女の子」

 今日の授業、やっと終わった! 私は勢いよく席を立った。こっそり持ってきていた月のペンダントを首に掛けて、教室を出る。ダッシュでウサギ小屋に走り、ユエのいる部屋のドアを開ける。


「ユエ! 聞いてほしいことがあるんだ! 昨日、とても良いことがあったの!」


 ユエが顔を上げる。私を見上げたユエは、ふと、青色の目を大きくさせた……ように見えた。ユエの目、じいっと月のペンダントを見つめているみたい。


 ユエ、わかるんだ! 凄い! 私はしゃがんでペンダントのチェーンを持って、ユエによく見えるように近づけた。


「見て、このペンダント! 3ヶ月前に月見ヶ池で拾って交番に届けたものなんだけど、落とし主が現れなかったから、私のものになったの。拾ったとき、とても好きなデザインだと思ったから、もう幸せで! 私、お月様のモチーフが大好きなんだ。このペンダントも一目ぼれしちゃって、それで」


 その一秒後のことだった。


 いきなり、ユエが走り出した!


 少しだけ開いていた部屋のドアの隙間から外に飛び出して、そのままウサギ小屋も飛び出していくユエ!


「ユッ、ユエ?! どうしたの!」


 私は慌てて追いかけた。ウサギ小屋から出てあたりを見回す。すると、校庭を走る小さな白い影が、ずっと向こうのほうに。


 は、早い! 私も走って追いかけたけど、ユエとの距離は縮まるどころか広がる一方。ウサギの走る速度が、人の力で追いつけるはずないよ……!


「どこ行くのー!」


 遠くに見えるユエは、今は使われていない旧校舎のほうへ向かっているみたいだった。


 どうしよう! もし校舎の中に入っちゃったら、ますます見つからなくなっちゃう。


 ユエが曲がった旧校舎のある角を、私も曲がったときだった。


 そこに、一人の女の子が立っていた。顔を見た瞬間、ぎく、と体がかたまった。


「あれ、ウサちゃんじゃーん!」


 明るい茶髪のツインテールを下のほうで、ドーナツみたいに丸く結んでいて。目がぱっちりしていて、笑うと口が大きく開く。メイクしていないのに、メイクしているみたいな顔立ちをした女の子。

 クラスメートの早乙女さおとめ 瑠歌るかさんが、両腕に白いウサギを抱えていた。


「さ、早乙女さん。……あっ、ユエ!」

「あー、やっぱりこの子ユエちゃんだったんだねー! 走ってるところたまたま見かけたから、脱走しちゃってる?! って追いかけたんだけど、正解だったっぽいね! さっすがあたし! はい、ウサちゃん!」


 高くてきゃぴきゃぴしてかわいらしさが全力でアピールされた声で、ニコニコ笑いながら、ユエを渡してくる。私はついぎこちなく笑いながら、ユエを受け取った。ユエが無事だった安心……には、ひたれそうにない。というのも。


「ウサちゃん、今日も飼育委員? 大変だねー! 動物のお世話ってやること多いのに! ソンケーしちゃう! 瑠歌ちゃんからの凄いで賞をあげちゃうよ~!」


 ぐいぐいぐい、早乙女さんはどんどん近づきながらぺらぺら話しかけてくる。


 ひっ、と息をのんで、私は後ずさった。いつものことだけど、なんでこんなにぐいぐいしてくるの?!


 この早乙女さんは、みんなの言う「ギャル」をそのまま絵に描いたような女の子なんだ。


 毎日のお洋服はとにかくオシャレで、私だったら絶対似合わなさそうな、大人っぽいのにかわいい服をあっさり着こなしている。


 メイクはしていないけど、爪にお花とかハートとか星とかのネイルシールを貼ってる。


 髪も、今でもうとても明るいけど、地毛だから中学生になったら一番好きなピンク色に染めたいなー、と聞いていないことをいつか言ってたっけ……。


 持ち物も全部、早乙女さんみたいにキラキラしたものばかり。ランドセルにストラップやキーホルダーたくさんつけているし、色んな柄やキャラクターの派手な文房具ばかり持っているし、ノートや教科書にまでラメ入りのシールやテープを貼って飾っているし……。


 先生には何回も注意されているけど、早乙女さんは、「これが好きなんですー! 好きなものに囲まれた、キラキラの時間を学校で過ごしたいんですー!」って平気な顔で逆に言い返しちゃうんだ。


 早乙女さんの家族も、人に迷惑かけてないならなんでもいいらしくて、注意はしないみたい。私の家だったら絶対怒られているだろうから、世界は広いなあって思ったね……。


 この早乙女さんとは、六年生になって一緒のクラスになってから、週に一回くらいのペースで私に話しかけてくるの。


 でも私は、彼女がちょっと、苦手なんだ。


「あーでもウサちゃんは動物が好きだからお世話もできるんだろうねー! ちなみにあたしはショッピングが一番好きー! あっ、っていうか今度の日曜に新しいお洋服買いに行くんだけど、ウサちゃんも行かなーい? あっ、買いたい服はね、この秋出たばっかの新作でー」


 ぎゃー! ダメだ苦手っていうんじゃない、怖い! 早乙女さんのマシンガントーク、やっぱりいつ聞いても追いつかなくて頭がぐるぐるしてくるよ! キラキラっていうよりギラギラしてる! 住んでる世界が違いすぎる!


 そのときだ。何かに気づいたように、早乙女さんが私の首から胸のあたりをじっと見つめてきた。


「……んんっ? あれ、今気づいた感じなんだけど……。そのペンダント何ー! メッッッチャかわいいんですけどー!」


 月のペンダントを見た瞬間。キラーン、と早乙女さんの目が輝いた……。まずい、ロックオンされた!


 直後、早乙女さんはさっきよりもずっと早いスピードで話しかけてきた。


「どこで買ったの?! 初めて見た!」「なんていう店に売ってた? それともネット?」「っていうかそういうアクセサリーつけているの初めて見た!」「月モチーフが好きなの?」「月モチーフのシールとかちょうど持ってるんだけど、よければあげようか!」


 スピードが速すぎて! なんて言ってるか全く追いつかない!


「ごめんなさい早乙女さん!!! 私、飼育委員のお仕事があるんです!!! 忙しいんで失礼します!!! あとユエありがとうございました!!!」


 早乙女さんの勢いに負けないように一気に大声を出して、走ってその場から逃げ出した。本当は走るつもりはなかったんだけど、思わず……。


 早乙女さんみたいな人は、クラスに一人もいない。だから本当なら浮いててもおかしくないんだけど、早乙女さんはとっても、友達を作るのがうまい人なんだ。


 グループは作らずに、クラスにもともとある色んなグループにその日の気分でさらっと混ざっていって、で、盛り上がる。


 ノリと勢い中心だけど、そこが面白いのかな。女子だけのグループも男子だけのグループも男子と女子両方のグループも、みんな早乙女さんを受け入れて、楽しそうにお話する。早乙女さんの声は高いし大きいから、よく響くんだ。すみっこの席の私にまで届くくらい。


 早乙女さんは私をのぞいて、クラス全員と友達なんだ。


 誰に対しても怖がらずに話せて、あっさり友達になっちゃうところは、素直に凄いなって思う。どうやるんだろうって、私からすれば本当に不思議。


 でもそれとこれとは話が別! 私は早乙女さんが、どうしても怖くてしょうがないんだよ!


 早乙女さんって誰が相手でもそうなんだけど、体と体の距離を一気に近づけて話しかけてきて、ヒイって震えちゃうし! 話すスピードも早くて何がなんだかよくわからないし、もちろん言ってることもよくわかんないし! 


 それにただのクラスメートなはずなのに、勝手に「ウサちゃん」って呼んでくるし!


 なんでって聞いたら、「ウサちゃんの名字って、“うさみ”でしょ? ウサギみたいじゃん? ウサギってウサちゃんじゃん? だからウサちゃん!」って言われたっけ。だから、ってなんだろう……?


 こういう早乙女さんのノリについていけなくて、話しかけられるといつも怖いって思ってしまうんだよ、私!


 私はウサギ小屋の前まで走って戻ってくると、息を切らせてちょっと休憩した。


 頭がぐるぐるしたせいかな……。今日の疲れがどっとやって来たような……。


 そうやって、力が入ってなかったからか。する、とユエが腕から抜け出して、軽やかに地面に着地した。


「あっ!」


 息をする間もなく、またユエは走り出す。今度は、ウサギ小屋の裏に駆けていった。


「待ってー!」


 また逃がしちゃうわけにはいかない! 私は滑り込むように、ウサギ小屋の裏に走った。


 少し行ったところに、ユエが座っていた。ユエ、と近づこうとした、そのときだった。


 突然ユエの体が、真っ白な光に包まれた。


「わっ!」


 眩しい! いきなり強い光が現れて、私はとっさに目をつむり、顔を手で覆う。


 少しして、まぶたの裏に感じていた光がなくなった気配を感じ、そっと目を開けた。


 そこには。


 真っ白い髪に、空色の目をして。頭から、白いウサギの耳を生やした。


 ――男の子が、立っていた。

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